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座談会「―東日本大震災・福島第一原発事故から11年―「あの日、あのとき」 3.11私たちそれぞれの記憶」が開催されました

2022年3月12日、朝倉地域生涯学習センターにて、座談会「―東日本大震災・福島第一原発事故から11年―「あの日、あのとき」 3.11私たちそれぞれの記憶」が開催されました。

この座談会では、被災したか否かに関わらず2011年3月11日当日の出来事や原発の在り方、避難者・移住者が現在も抱える問題などについて意見交換を行いました。

この座談会は「ワールドカフェ方式」という私自身あまり聞き慣れない方法で行いました。「ワールドカフェ方式」とは、その名の通り、まるで「カフェ」にいるような雰囲気で、参加者同士がリラックスし、気軽で自由に対話ができるよう考えられた話し合いの方法です。当日は、5人程度のグループを作って、自由に意見交換を行っていただき、参加者それぞれの思いを傾聴し、グループメンバーを替えた上で、以前のグループでの意見を共有し、さらに意見交換を行うという方法で行いました。

不慣れな方式であったこともあり、多少不手際はありましたが、満員御礼のご参加を頂き、予定時間を大幅に超えるほど活発な意見交換が行われました。

避難者・移住者の方も3名ご参加いただき、最後の全体セッションでご発言いただきました。

私が印象に残ったのは、「自主的避難等対象区域」から九州に避難された大学生の「「自主的」とは「勝手に」「自分で」という意味ではない。」という言葉です。「自主的避難等対象区域」の中には当時の国の基準である年間20ミリシーベルトに近い放射線量の地域(そもそも、原発事故前の基準は年間1ミリシーベルトであり、この基準の変更自体おかしな話ですが。)であり、11年経った現在でも年間1ミリシーベルト近くの線量が確認されている地域もあります。結局は、「自主的避難等対象区域」であろうと、放射線量の増加により今まで通りの安全安心な生活ができなくなった地域であり、避難・移住せざるをえなかったことには変わりないのです。それを加害者である国や東電がそれこそ「勝手に」線引きをしているのです。

話は変わりますが、今年の夏ごろ、最高裁が避難者訴訟について判断を示す予定です。東電による上告・上告受理申立はすでに却下され、すでに東電が支払った額以上の損害を受けているとの高裁判決が確定しました。

事故から11年ようやく一つの区切りが見えてきました。しかし、あくまでも区切りであって終わりではありません。これからは「風化」との闘いになります。毎年3月11日に思い出すだけでなく、社会全体としてこの問題を考え続ける必要があると思います。

弁護士 坂口裕亮

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