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原爆の火と熱の下で ~少女たちの被爆体験記2~


前回に引き続き、原子力のあり方、原爆の悲惨さ、平和の大切さについて考える機会となることを願い、学校法人純心女子学園及び著者の奥様であり著作権継承者の竹中誠子様にもご了解をいただき、被爆した同校の生徒らが当時遺した被爆体験記『新版 焼身/著者 高木俊朗』を、一部内容を抜粋してご紹介します。
                                        
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四年生の山下ツルは、工場のなかで、ピカーッと光った瞬間に、気を失って倒れた。気がつくとあたりが騒がしかった。級友が二、三人、ツルのまわりにいた。
「まあツルさんも生きている。いっしょにいかんね」ツルは起きようとしたが、からだが動かなかった。ツルは大きな梁の下になっていた。目のなかに血が流れこんで、見えにくかった。級友たちが梁を動かして、すきまを作り、ツルを引っ張りだした。ツルは立ち上がろうとしたが、腰から下がギリギリと痛んで動けなかった。
「ツルさん、立ちきるね。歩ききるね」「もう、うちは死んでもよかけん、あんたたち、早う逃げてくれんね」ツルは、もう、しかたがないとあきらめた。
「どうして、あんたばかり残して逃げていかれるもんね」級友はツルをかついで逃げたが、浦上川の岸まで出ると、力がつきた。級友たちも、服はちぎれ、どこかに負傷していた。ツルも苦しかった。ツルは、目の上が裂けて、押えても、血がとまらなかった。
「はよう、みんな、先に逃げて」級友たちは、ツルをかつぐ力はなかったので、先に行くことにした。級友もツルも、血と泥で汚れた顔に、いっぱいに涙を流した。
「ツルさん、がんばってね」
「みんなも気をつけて」ひとりになったツルは、もう、自分はここで死んでしまうのだと思った。ふと近くで、苦しそうな声がした。赤く、てらてらと光っている服を着ている人だと思って、よく見ると、皮膚のむけた人間の胴体であった。何も着ていない裸の男だった。ツルは、からだがふるえた。逃げよう としたが腰から下は、やはり動かなかった。見まわすと、工場の崩れた建物の上を、炎が渦まいているのが、夜の火事のように、あかあかと見えた。ツルは思わず、声をあげた。
「助けて、助けて」近くを通りかかる人にたのもうとして、一目見ただけで、ツルは悲鳴をあげた。煙と土ぼこりがいりまじって、渦をまいて吹き流れているなかに見えてくる、火ぶくれのような顔には、眉毛がなかった。別の人は、裸の胴体に幾すじにもなって血が流れていた。多くの人は、海草をぶらさげているように、ちぎれた服のぼろぎれを身につけていた。みんなが、長崎の港のある方角から、北の山の方に向かっていた。ツルは、何か大変なことがおこった、と思った。

ツルは、浦上川の岸まで逃げてきて動けなくなった。目の前の、崩れた工場の建物は炎に包まれていた。ツルは通りかかった男に助けを求めたが、男はそのまま行ってしまった。ツルルは恐ろしさと悲しさに、声をあげて泣いていた。
しばらくすると、肩をゆすられたので、ツルが顔をあげると、今しがた通りすぎて行ってしまった男が、
「しっかりするんだ」と、しゃがんで背中を向けた。ツルはうれしかった。ツルは背負われながら、「おじさん、ありがとうございます。ありがとうございます」と、礼をのべ、また、涙を流した。ツルが男の背中の上から見ると、火の手は、あたり一面にひろがっていた。もう少し、そこにいたら、火に焼かれるところであった。男も、ツルを背負ったまま、逃げ道に迷っていた。道路は、崩れた建物で埋められ、それが燃え上がっていた。
男は歩きだすと、浦上川のなかにはいり、ざぶざぶと渡った。向こう岸にあがると、田になっていて、道はなかった。男は、稲ののびた田のなかを、足をとられながら、横切って行った。ツルは、すまないと思って、「おじさんのお名前と、おところを教えてください。私が元気になったら、きっと、おたずねしますから」
その人は「よか、よか」というだけで、教えなかった。ツルは、それでも、くり返してたのんだ。その人は、怒ってでもいるように、だまったまま、歩いていた。ツルのからだが重いので、時どき休んでは歩いた。浦上は、どこを見ても、一軒残らず、家がたたきつぶされて、散らばり、かさなり合っていた。そこら中に火事がおこっていた。ツルは浦上の、小高い丘の方をさがした。見おぼえのある、塔と、屋根飾りと、壁などが、ひとつまみだけ、かけらのようになって立っていた。それが、浦上の天主堂だった。

ようやく、国鉄の線路に出ると、救援の列車が出るところであった。
ツルを背負った男は、負傷者をかきわけながら、「学徒隊の生徒だ。乗せてやってくれ」と叫んで、前に出て、ツルを乗降口に降した。別れるときに、その人はいった。
「私の名前なんか、あるもんね。それよりは、あんたがはよう元気になんなさい。それが一番のお礼だから」
ツルは列車のなかで、苦痛にたえながら、その人の服を、自分の血で汚してしまったことが、 いつまでも気になってならなかった。
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出典:『新版焼身 長崎の原爆・純女学徒隊の殉難』著者 高木俊朗 角川文庫

今年も76年目の8月9日を、日本は平和のうちに迎えることができました。
しかし、被爆した生徒らが遺した体験は、世界では薄れつつある記憶となっており、核に関し胸が痛む出来事もまだまだ山積しています。この記憶を絶やさず、先人たちが守り続けてきた平和を、日本だけではなく世界共通のものとできるよう、この事実を伝え続け、先人たちの思いを繋いでいくことが現代に生きるわたしたちの使命と思い、この本をご紹介させていただきました。

本ブログを掲載するにあたり、ご協力戴きました被爆校の学校法人純心女子学園、出版社の株式会社KADOKAWA及び著者の奥様であり、著作権継承者の竹中誠子様には心よりお礼申し上げますとともに、殉難された純女学徒隊及び教職員の方々のご冥福をお祈り申し上げます。

本部オフィス事務局S

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