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Monthly Archives: 7月 2021

暑中お見舞い申し上げます。(代表)

マスク着用の二度目の夏を迎えました。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

この間、裁判実務ではウェブ会議が一挙に浸透し、コロナ以前には裁判期日への電話での出席を是とせず、遠方の裁判期日でも出頭することを基本方針としていた当事務所も、時代の流れに抗えず、どっぷりとウェブ会議に浸かっています。夕方になれば弁護団会議に足を運び、会議後には困難な課題にともに取り組む仲間たちと労い合い明日への活力を養う、そのような当たり前だった生活も、今ではすっかりかわってしまいました。居場所や移動時間を気にすることなく、いつでもどこでも会議に参加できる便利さに感動したのも束の間、居場所にかかわらず埋められていくスケジュールを見るにつけ、失くしたものの大きさも感じている今日この頃です。

長期化するコロナ禍は、この社会の格差を一層拡大させました。零細事業者や非正規雇用の労働者が次々と職を失う中、リッチなテレワーカーの巣ごもり需要によって高級品が飛ぶように売れているそうです。ふと街を見渡すと、お洒落なバイクで颯爽と街を駆け抜ける○ーバーイーツのドライバーに紛れて、ぎこちなく自転車をこぐ中高年ドライバーの姿を目にすることが多くなりました。「ギグワーカー」と呼ばれる、スマートフォンのアプリなどを通じて1日限りや数時間単位での仕事を引き受けて収入を得ている労働者も急激に増えており、ポストコロナの新しい働き方などともてはやしている人もいるようです。「今日はお疲れ様。明日は仕事がないのでこなくていいよ」という気まずいやりとりをスマートフォンが代わりにやってくれるのですから企業の人事担当者にとってはさぞ便利なことでしょうが、この人やこの人の家族は明日からどうやって生活していくのだろう、そのようなことを誰も考えなくて良い、実にドライな世界が広がりつつあります。

そのような中にあって、2020年4月に町内で5歳の男の子が餓死するという凄惨な事件を経験した福岡県糟屋郡篠栗町は、「町民の命を守るささぐりづくり」条例を制定しました。条例では、「町民の命を守るささぐりづくり」について「人と人との繋がりが薄れつつある現在において、様々な要因を抱え、孤立しがちな生活になっている人や世帯を孤立させることなく、必要な支援等を通して全ての町民がかけがえのない個人として尊重される篠栗町の社会づくり」と定義し、これを「住民、活動団体、事業者、議会及び町がそれぞれの役割と責務を認識し、協働して行う」ことが高らかに謳われています。

せっかくポストコロナの世界を描くのであれば、私は断然こっち派です。

今秋はいよいよ総選挙。市民の力で政権交代を実現し全ての人が明るい未来を描ける社会を展望していきたいと思います。

暑く息苦しい日々が続きますが、ポストコロナの世界で、また皆様と暑苦しいお付き合いができることを楽しみにしております。どうぞそのときまでご自愛ください。


2021年盛夏
弁護士法人奔流代表社員弁護士 池永修

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暑中お見舞い申し上げます(粕屋オフィス)

暑い日が続きますが,お元気でお過ごしでしょうか。
粕屋オフィスは2019年6月に開設し,この夏,開設3年目を迎えました。これを機に,本ホームページ以外の場面でも,地域の皆様にもっと当事務所のことや身近な法律問題に関する情報をお届けするためにニュースレターを発行し,地域の皆様にお届けする準備を進めています。定期的に,皆様が抱える悩みに少しでもお役に立てる情報をお伝えできればと思っておりますので,今しばらくお待ちください。
当事務所が多くお受けしている離婚,労働,借金問題は,誰にでも起こりうる身近な問題です。それらの問題は,特に精神的負担が大きい問題でもあります。
例えば,「借金の返済が苦しく,金融機関と交渉し,支払内容に見直して生活を建て直したい」,「家族の問題,離婚条件を話し合って,公正証書の作成や,裁判所での調停手続きに代理人として同席してほしい」,「家族が亡くなられたとき,相続財産や相続人の調査,分割方法の話し合い,家庭裁判所での調停をしたい」,「交通事故に遭ったときに,代理人として相手方や保険会社との交渉をしてほしい」といった悩みをご相談いただければ,気持ちに寄り添ってお話を伺うこと,気分を少しでも軽くする手助けをすること,悩みや紛争の解決に向けた方法を探し出すことができます。
また,コロナ禍において外出が減り自宅で過ごす時間が増えたこともあり,家庭内での紛争,夫婦関係等に関する相談件数も増加しております。その中には,女性・子どもが被害者となる事件,刑事事件に発展する例も見られます。こうした情勢を踏まえ,未然に紛争を防止するための取り組みが,昨今の法律事務所には求められているところです。
法律に触れる紛争の解決はもとより,紛争になる前の段階の地域や家庭内での行き違い,トラブルにも,糟屋郡内の町や社会福祉協議会,かすや中南部消費生活センター,困りごと相談室や,当法人の各オフィスとも連携して,地域全体で緊密な連携を保って,未然に地域の方々の生命,身体及び財産を守る対策を執りたいと考えております。

弁護士 髙本稔久(粕屋オフィス)

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千鶴美容室がリニューアル、Chillin’へ~かすや巡り2021⑤

粕屋オフィスのお隣り(篠栗方面)に美容室があります。長年、「千鶴美容室」の名称で、地域の皆さんに愛されてきたお店ですが、この7月、リニューアルされ、店名も、「Chillin’」(チリン)へ変更されました。

コンクリートを生かしたおしゃれな外観に、綺麗な内装となり、以前にも増して素敵な美容室になっています。以前もそうでしたが、リニューアルされてからも、お客さんがひっきりなしで、忙しそうなご様子です。
隣から嬉しそうなお客さんが出入りされる度に、私もそもそも髪を切りたいと切に思うのですが、なかなか時間が取れず、ずるずると延期しております。
一気に暑い夏がやってきましたし、髪も切ってすっきりした気持ちで、夏を乗り切りたいですね。

弁護士 花田弘美(粕屋オフィス)

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朝日を浴びながら海へ

 コロナ禍2回目の夏がやってきました。もともと出不精な人間なもので、不要不急の外出自粛が要請されていることとは関係なしにステイホームを楽しんでいますが、クーラーの効いた部屋に一日中いるのは健康的ではないよな…と思い、先日近くの海まで散歩に行きました。(写真は日の出から1時間後くらいに撮影したものです。)
 夏の朝早い時間にセミの声を聞きながら歩いていると、夏休みにラジオ体操に行っていた小学生のころを思い出しました。親に起こされて嫌々行っていたなと懐かしくなりました。
 コロナ禍になって、旅行はおろか帰省もできていませんので、親孝行のためにも帰省できたらとは思いますが、今年も難しそうだなと感じています。会えない代わりに、お中元でも贈ろうかと計画中です。

本部オフィス(福岡市東区)事務局K

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『弁護士の魅力セミナー』に参加して

NPO法人九州アドボカシーセンターが定期的に開催している『弁護士の魅力セミナー』にZOOM参加しました。

今回は『韓国「慰安婦」判決 と主権免除を考える』というテーマで、関釜裁判で原告側の代理人となられた山本晴太弁護士と、長年にわたってその裁判の支援をされてきた花房俊雄さん、恵美子さんご夫妻より、「慰安婦」訴訟に対する日本の裁判所の判断や日本政府の対応、今年(2021年)示された韓国「慰安婦」訴訟の2判決についてのお話を聞かせていただきました。

関釜裁判とは、第二次世界大戦中に「従軍慰安婦」や「女子勤労挺身隊員」として強制的に働かされたとして、日本政府に公式の謝罪と総額5億6400万円の損害賠償を求めて、1992年に山口地裁下関支部に提訴された裁判で、原告は韓国人の女性10人です(下「関」支部に「釜」山の女性が訴えを起こした。)。山本弁護士はこの裁判の弁護団として、花房さんご夫妻は支援の会の中心メンバーとして活動されました。その後1998年に出た一審判決では「従軍慰安婦制度は、憲法に定める基本的人権の侵害である」「国は被害回復のための立法義務を怠った」として元従軍慰安婦3人に一人あたり30万円の慰謝料を支払うように命じました(公式謝罪と「女子勤労挺身隊員」への損害賠償の義務は否定)。当時、元従軍慰安婦の方たちが起こした裁判は関釜裁判を含め7件あり、その中で最も早く判決が出たということでも、その他の裁判へ与える影響などが注目されました。

花房さんご夫妻からは、関釜裁判の原告である女性たちの生い立ちや、慰安所に入れられてしまった経緯、その後の過酷な状況についてお話がありました。また、「慰安婦」とは別に「女子勤労挺身隊」という組織に入れられた当時小学校6年生くらいの少女たちの話もありました。終戦直後にアメリカ軍が撮影したという「女子勤労挺身隊」の写真を見せていただきましたが、まるで小学校での集合写真かのように写る幼い少女たちばかりでした。その少女たちが、食事もわずかしかもらえない空腹の苦しみの中、長時間危険な労働に動員させられていたと思うと胸が苦しくなりました。
また関釜裁判を通しては、苦しみをひた隠しにして生きてきた原告たちが、裁判が進むにつれ徐々に大きな声で笑ったり泣いたりできるようになり、自身を解放し自尊感情を高め、最終的には裁判の方針も自分たちで決めていくことができるようになったという経過を聞き、この裁判を起こすことにどれほどの勇気が必要で、さらにご苦労があっただろうかと思いました。

未だ解決しないこの問題について、ニュースなどでは取り上げられているところを何度も見たことがありますが、実際に行われている裁判という側面から、この問題についてあらためて考えることができました。

~NPO法人九州アドボカシーセンターとは~
人権課題に取り組む弁護士を志す学生を支援するため、法科大学院発足と同時に設立されたNPO法人です。九州アドボカシーセンター主催の弁護士の魅力セミナーは、そのような弁護士、学生向けではありますが、一般向けにも興味深い話題のセミナーを定期的に開催しています。
昨今は、感染拡大防止の観点から、ZOOMでも参加できるようになりましたので、興味のあるセミナーを見つけたら、是非お気軽にご参加ください(参加費不要です)。

本部オフィス(福岡市東区)事務局K

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災害公営住宅・柿添団地でアンケート調査を実施しました

 九州北部朝倉被災者を支える会として、7月11日災害公営住宅・柿添団地でアンケート調査を実施しました。
 5月に災害公営住宅・杷木団地にてアンケート調査を実施していたものと同様で、九州北部豪雨発災から4年が経過し、今までの復興への道のりを振り返るとともに、今なお生活再建が叶わない方々にどのような支援が必要かを明らかにするために実施しました。
緊急事態宣言や、まん延防止措置により、思うように活動ができておらず、このたびようやく調査を実施できました。
 今回は朝倉被災者見守り隊(朝倉市民有志の方々で被災者への戸別訪問やコミュニティ構築のために様々なイベントを開催されている団体です。)の方々と共同で実施しました。
 柿添団地の皆様はお元気ではつらつとされている方が多かったですが、杷木団地の方々と同じように、心のうちでは、自宅の再建や現在の生活に不安を持たれているようで半ばあきらめているようにすら感じました。
 また、この度の調査で感じたことは、「支え合いセンター」が有名無実化していたのではないかということです。「支え合いセンター」とは、朝倉市から指示を受けた朝倉市社会福祉協議会が被災者支援の一環として、定期的に被災者宅を訪問し、その時々に抱えている不安や疑問を受け止め、生活再建に向けて様々なアドバイスや関係各所との連携をする、いわゆる「つなぎ役」になることを目的として設置されたものです。
 この度のアンケートでは、支え合いセンターの認知自体が低く「そういえば社会福祉協議会の人が来たことあるような…」という声が聞かれました。そのほかにも「支え合いセンターは3月で終わったんでしょ?」とおっしゃる方もいました(「支え合いセンター」事業は、2021年4月から朝倉市直営での事業に変わっており、事業自体は存続しております。)
 この支え合いセンター事業は、他の災害でも同様のことが行われてきておりましたが、朝倉市が3例目と聞いています。支え合いセンター事業は、ケースマネジメントには必須のものです。今年も九州南部や静岡で豪雨被害が発生しています。この事業は日本各地で今後求められるものですので、よりよくしていくためにも支え合いセンター事業の検証の必要性を強く感じました。

朝倉市被災者アンケート結果

【8月の相談会の日程】
2021年8月18日(水)13:00~16:30 (筑前町コスモスプラザ)
 (定員)3名(1名1時間)
相談ご希望の方は、電話予約制(申込み順に受付)となっておりますので、
朝倉オフィスまでお電話下さい。
朝倉オフィス ℡0946‐23‐9933(平日9:00~17:30)


弁護士 坂口裕亮(朝倉オフィス)

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傘の横持ちにご注意

梅雨の時期で、雨が降る日が多くなり、外出の際に傘を持ち歩く機会も多くなっているこの頃ですが、屋内で傘を持ち歩くときに横持ちをしないよう注意が呼びかけられています。

傘の横持ちとは、傘を折りたたんで持ち歩く際に、傘の柄(え)や傘本体の中心部分を握って、傘を地面と平行にして持つことを言います。

歩行するときに腕を振った際、横持ちしている傘の先端が、後方を歩行する他人に突き刺さることによって、他人にケガを負わせる危険性があります。特に、駅など人が込み入った場所や、階段を上り下りするときなど人と人との間隔が狭くなっている場面で、横持ちした傘の先端が他人に突き刺さるという事故が現実に発生しています。

傘の先端は固く尖っているので、それが突き刺さることで他人にケガを負わせた場合、民事責任や刑事責任を問われる可能性があります。すなわち、民事責任としては、ケガを負わせたことにより治療費や通院交通費、慰謝料などの損害が発生した場合、傘を横持ちしてケガを負わせた当事者は不法行為に基づく損害賠償責任を問われる可能性があります。傘の先端が突き刺さった部位によっては重大な後遺障害を残すこともあり、その場合後遺障害に関する慰謝料や逸失利益(後遺障害によって労働能力が減少して将来得られる収入が減少してしまうことに対する賠償)についても賠償しなければならないこともあり、賠償金額が多額にのぼる可能性もあります。

また、刑事責任としては、過失傷害罪に問われる可能性があります。過失傷害罪は、注意義務があったのにその義務を怠った結果、他人を傷害した場合に成立する犯罪です。傘の横持ちの場合に則して言うと、先端が尖っている傘を屋内で持ち歩く際には、その先端が他人に突き刺さらないようにして持つべき注意義務があったのに、他人に傘の先端が突き刺さる可能性の高い横持ちの方法で傘を持ったために、他人にケガを負わせたことで、過失傷害罪が成立する可能性があります。過失傷害罪の法定刑は、30万円以下の罰金又は科料と定められ、他の刑法犯に比べると量刑は軽いものですが、犯罪であることには変わりありません。

このように、傘の横持ちは、民事責任問題・刑事責任問題に発展しかねない危険な行為ですので、傘を持ち歩く際は地面と垂直にして持つようにご注意ください。

弁護士 北中 茂(宗像オフィス)

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夏を乗り切るために

我が家では毎年この時期になると赤紫蘇のジュースを作ります。赤紫蘇は市場に出回る時期が短く限られていますので、この時期だけの楽しみです。

作り方は簡単で、材料は赤紫蘇、砂糖、クエン酸(レモン汁やリンゴ酢)だけです。
今年は市販のレモン果汁を使って作りましたので、そのレシピをご紹介します。
<材料>
 ・赤紫蘇           1束
 ・水             1.8リットル
 ・きび砂糖(お好みの砂糖で)  350g (甘さはお好みで100~400g)
 ・レモン果汁         70cc
<作り方>
 ➀茎から葉を取り、よく洗う。
 ➁沸騰したお湯に葉を入れ5~10分煮込む。
 ➂葉を除いてざるで漉し、鍋に戻す。(この煮出した後の葉で「ゆかり」も作れます。)
 ➃砂糖を加えて混ぜ、15分ほど煮る。
 ➄レモン果汁を加えてよく混ぜる。
以上、できあがりです。3~5倍に薄めて飲みます。
作る過程で、お湯に入れた葉やレモン(酸)を加えた後の煮汁の色の変化も楽しめます。

色がきれいで香りがよく、甘くさっぱりとした美味しさで子どもたちも大好きです。炭酸で割って飲んでいますが、水や牛乳、お酒で割ったり、ヨーグルトにかけるのもお勧めです。

紫蘇に含まれる成分には、疲労回復、食欲増進、健胃作用、消化促進、整腸、血行促進、貧血予防、糖尿病予防、ストレス軽減、安眠効果、アレルギー緩和、免疫力アップ、美肌効果、抗酸化作用、疲れ目や視力の向上、体を温める等、様々な効能があるそうです。
夏バテ予防に良いと聞いて10年ほど前から作り始めましたが、これほど良いこと尽くめだとは思いませんでした。
これで今年の夏も元気に業務に励みたいと思います。

本部オフィス(福岡市東区) 事務局Y

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控訴審第1回口頭弁論期日が開かれました(福島原発事故被害救済九州訴訟)

2021年6月24日に、福岡高等裁判所にて、第1回口頭弁論期日が開かれました。
くしくも第1審判決が言い渡されたのが、1年前の6月24日。原告、支援者、弁護団も1年前の判決を覆すべく、気持ちを新たに口頭弁論に臨みました。

口頭弁論では、原告団長金本さんのご子息暁さんが原発事故に翻弄された子供時代を語ってくださいました。また、生業訴訟の弁護団馬奈木厳太郎先生から全国での裁判の状況やこの九州訴訟の意味について弁論していただきました。

口頭弁論期日後の報告集会では、関西訴訟原告団長の森松さん、九州訴訟に原告として参加されることになった木村さんらから連帯メッセージをいただきました。

九州訴訟は、福島原発から最も離れた場所での訴訟です。九州で国の責任を認めさせること、被害実態に見合った賠償を勝ち取ることが、全国の避難者が真に救済されるために不可欠であることを再認識した口頭弁論期日になったと思います。

*報告集会の様子をyoutubeからご覧になれます。森松さんを取り上げたドキュメンタリーも上映しておりますので、
ぜひご覧ください!
YOUTUBEライブ配信QRコード
URL:https://youtu.be/55wTrzqsK-s

原告金本暁さんの意見陳述をご紹介いたします。

弁護士 坂口裕亮

【原告:金本暁さん意見陳述】

1.はじめに

私は宮城県に生まれ、生後3ヶ月のころから福島県いわき市で育ちました。福島第一原発事故の後に一家で福岡県久留米市に避難し、今は佐賀県鳥栖市で生活しながら福岡市内の大学に通っています。
今までの人生の半分程を過ごした福島は、私にとってかけがえのない故郷であり、そこでの思い出が今の私を支えています。

2.福島第一原発事故

2011年3月11日、東日本大震災に続き、福島第一原発で爆発事故が起こりました。私の住んでいた地域では幸い津波の被害はありませんでしたが、原発事故は当時中学一年生だった私にとっても「核爆弾」を連想させるような漠然とした恐怖を感じるものでした。父が言った、「せめて苦しまないで死ねるよう祈りなさい」という言葉は、今思い返すと、原発事故がその当時どれほど深刻で身近に迫りくる恐怖であったかを表していたと思います。

3.福島からの避難と避難生活

私の両親は、「福島に留まることはできない」という判断をしました。情報が錯綜する中、安全か危険かを確定できない不安定さと、何かあってからでは遅すぎるという切迫した危険を踏まえての決断でした。当時の私の「勝手な予定」では、一度様子見のために福島を離れて、状況が落ち着いたら一週間程で帰ってくる、というシナリオがこの時の「避難」のすべてでした。吹奏楽部の部員だったので、7月の吹奏楽大会に向けて曲を選び練習を始めるはずでした。進学したい高校もすでに決まっていました。同じ高校に行こうと友人や先輩と約束もしていました。これらの「勝手な予定」は、具体的で日常的で、必ず起こるはずだと信じることができる希望でした。

いくつかの場所を中継して、最終的な避難の目的地は福岡まで離れましたが、福岡への移動も、私の中では「予定」を実現させる前の一時的なものだという思いでした。しかし、両親はついに福岡に留まることを決心しました。今思えば両親の決断の背景を理解することはできますが、当時の私にとっては受け入れがたい衝撃以外の何ものでもありませんでした。両親の決断に、当時高校2年生だった兄は激しく反発し、一人でも福島に帰ると言いました。妹はその状況を見て、ただ泣いていました。私と私の兄弟は、それぞれ当たり前に思い描いていた日常を失いました。

転校先の久留米市の中学校では友達を作ることができませんでした。小学校から続けていた吹奏楽部にもとても入部する気になれませんでした。小学校からの仲間と、中学校での新しい仲間を突然、しかも不条理な理由で失った喪失感が大きすぎて、新しい場所で一からやり直す気持ちにはなれませんでした。久留米での学校生活は、家と学校を幾度となく往復するだけという無気力なものになってしまいました。自分が知らぬ間に失っていた当たり前の日常生活を普通に送っている人たちを見て、生意気ながら「この人たちと同じではない」という風に思い、やさぐれていました。

久留米市に避難してから約一年後、一度福島に帰る機会がありました。久しぶりに友達に会うことができて嬉しかった半面、福島の人々が何事もなかったように生活しているのを見て、正直少し混乱しました。原発事故の危険から逃れて福岡に避難したはずなのに、福島は到底「避難してきた場所」には見えませんでした。すでに安全でこれからも安全だ、と言う人もいれば、未だ危険で今後も不確実だ、という人もいました。福島に帰ることで、頭の中の認識と目の前の現実との矛盾をはっきりと自覚せざるをえず、自分は福島にいてはいけないのではないかとさえ思わされました。

私がかつて通っていた中学校の吹奏楽部は、私が避難した後、東北大会にまで駒を進めるほど活躍していました。「同じ高校に行こう」と約束していた友人や先輩は、約束通りの高校に入学しました。私は、高校入学と同時に佐賀県鳥栖市に引っ越し、吹奏楽部にも入部しましたが、半年も続きませんでした。仲間と環境を失ったダメージは想像以上に大きく、その穴を埋める努力はしましたが、避難から数年たった後でもそうすることはできませんでした。私には、日常を取り戻す手段も力もないことに気づきました。

4.避難者たちとの出会い

大学を卒業し、大学院に入学する頃から、私が経験した原発事故による避難や、原発そのものについて深く考えるようになりました。震災当時の出来事や避難について思い返すことは、しばしば苦痛を伴う作業でしたが、過去の経験を振り返り、発信していく中で、私と同様に福島から避難した方々と出会うことができました。国内で避難した方、国外に移住した方、様々な理由で避難を決意し、私が経験しなかった被害を経験した方の話を聞く時、原発事故の被害の大きさと幅の広さを思い知らされます。心身に不調をきたし、家族や友人との関係が元に戻せないほど悪化し、住み慣れた故郷を不本意な形で手放さざるを得なかった方々の話は、同じ避難を経験した私ですら知らないことが多いのです。

しかし、私たち避難者に共通している事実もあります。私たち避難者が経験した様々な被害は、私たち自身が望んで受け入れたことではないということです。私たちの被害に対する責任、もしくは原因の所在が、原発そのものや、それを運営・促進していた電力会社と国にあるという事実が認められない現実に、悩み苦しむ人が未だに存在します。もし、私たち一家の避難が無意味だったというのであれば、私が吹奏楽部で活躍できなかったことも、憧れていた高校に入れなかったことも、気心知れた友人たちと青春を謳歌できなかったことも、それは私たち自身が、或いは避難を決断した私の両親が悪かったのだと宣告されているのと同義です。

5.おわりに

間違いなく、原発事故が無ければ、私たちは避難していませんでした。当たり前の日常を失ったり、将来の夢を壊されたりはしなかったはずです。通いなれた学校で友人と笑ったり、目標のため勉学に励んだりして平穏に生活していたはずです。月日が経てば、大学入学や就職のために、自分の意志によって、福島に留まるか、福島を出るか、という自由な選択の機会があったはずです。原発事故が無ければ、私たちは何の被害も受けなかったはずです。

しかし、原発事故が起きたことと、その被害者が存在することは偽ることのできない事実であり、変えることのできない現実です。この問題を解決するための第一歩として、まずは責任の所在を明確にすることが必要です。
裁判官の皆さん。国や東京電力の代理人の皆さん。私たちに「お前が悪かったのだ」と言わないでください。避難という苦渋の判断をしたことと、それによって受けた被害の責任が避難者自身には無いという宣言を聞くだけで、それだけで私たちの心は救われるはずです。

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