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民事裁判手続きのデジタル化に関する研修を実施しました

民事訴訟法が改正され、2026年5月21日から施行させることにより、民事裁判手続きがデジタル化されたことになります。この業界は未だにFAXが主流で依頼者の方に驚かれることもあります。この改正は、多くの弁護士・法律事務所にとってインパクトのある出来事として捉えられているかと思います。これまでの法律事務所の業務に大きく影響を与えますので、当法人の弁護士・事務局ともに研修を実施しました。

「デジタル化」の具体的な内容としては、①申立ての電子化(訴状等裁判を起こすために最初に出す書類は「mints」という裁判所のシステムに提出)、②デジタル送達(裁判中の書面や判決書は「mints」での閲覧・ダウンロードのみとなる。)、③裁判記録(電磁的記録)の閲覧・複写(裁判記録は「mints」で見ることができる)というものです。

これらは、当事者に弁護士が就いているときの話ですので、当事者ご本人が裁判をするときには今までどおり紙に印刷して裁判所へ持参・郵送・FAX等することになります。当事者の方に関連する内容としては、訴えられたときに裁判所から届く訴状の中に「招待キー」という番号が書かれた紙が同封されることになるため、その紙も大事に保管して、弁護士に相談・依頼をするときに、「招待キー」が書かれた紙を弁護士に見せていただくことになる点くらいかと思われます。

裁判手続きにおいては、書面提出の期限内に提出しなければ、依頼者の方に取り返しのつかない不利益を被らせてしまう場合もあります。「mints」を通じて提出したつもりになっていたが、何かしらの通信障害で提出できていなかったということもあり得ますし、システムの利用に慣れておらず不備があったなどという可能性も考えられます。万が一にもそのようなことがないよう、今回の研修だけでなく、所員それぞれ研鑽を磨いていく所存です。

弁護士 坂口裕亮

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『mints』についての研修をおこないました。

令和8年5月21日より『mints』という最高裁判所が開発した電子提出システムを使用した電子申立ての義務化や訴状の送達等がシステム送達になることを踏まえ、事務所全体で研修を行いました。

これまでは裁判所へ持参や郵送、FAXにて紙での提出方法が中心の運用でしたが、2022年の民事訴訟法等の一部の改正により、裁判手続きのデジタル化が法定され、5月21日の全面施行後は、紙で提出をすることができなくなるようです。

訴状や申立書、書証の提出方法、提出書面のデータ名、パソコン等の機器の不具合や故障時の対応など、当然紙での提出や受領の方法とは異なるため、5月21日までに提出のルールや使い方など裁判所が出している参考資料を細かく確認し、対応ができるようにしていきたいと思います。

宗像オフィス 事務局I

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東電刑事裁判を振り返る

2025年11月29日、福岡市市民福祉プラザで開催された「福岡報告会 福島原発事故・刑事裁判報告の集い」において、私が行った報告について、忘れないうちに文章にしておく。相当な予備知識がないと理解できない部分もあるかもしれないが、悪しからず。

 

~はじめに

同じ弁護団の北村賢二郎弁護士は、この裁判の報告会で、度々「私は決して負けない。勝つか学ぶかだ(I never lose. Either I win or learn.)」という、ネルソン・マンデラの有名な言葉を紹介している。それを見聞きする度に、「じゃあ、手前は何を学んだんだ?」という問いが頭に浮かぶ。それは、勿論、私自身への問いにもなる。この歴史的な事故の歴史的な裁判を長い間間近で見てきて、私は何を学んだのだろうと。

私が、個人的に何を学んだのかを言葉にしても仕方がない。私が言葉にしておきたいのは、この裁判が終わったばかりの私たちにとっては当たり前だけれど、時が過ぎればもしかしたら忘れてしまうかもしれない、決して忘れてはならないはずのことだ。

 

論点1 検察庁はなぜ起訴しなかったのか

この被疑事件では、東京地検公安部を中心に、多くの検察官(検事)が捜査した。検察庁は、初めは起訴方針で捜査していたに違いない。それがいつ、不起訴方針に転換したのか。告訴団の第一次告訴が平成24年6月、東京地検の最初の不起訴処分が平成25年9月であったことからすると、平成25年3月頃には、不起訴方針になっていたことが推測される。これは、民主党政権が崩壊し、第2次安倍政権が始まってから、3か月後である。

検察庁による平成25年3月の起訴方針転換。これは上記の経緯に基づく想像ではない。また、出所不明の裏話を根拠にしているのでもない。以下のような、ある程度の客観的な根拠がある。

⑴ 人格が2つあるかのような供述調書

根拠の1つは、検察官(検事)が作成して、指定弁護士が証拠調べを申し立て採用された供述調書(甲B号証)のうち、重要なものは、平成25年3月までに作成されている一方で、弁護人が証拠調べを申し立て採用された供述調書(弁号証)の大半は、平成25年3月以降に作成されているということだ。甲B号証の中にも、平成25年3月以降に作成されたものも少しはあるが、それらは供述者の不合理な弁解を容認する記載が目立つものになっている。

特に印象的なのは、同じ供述者であっても、さも人格が2つあるかのように、正反対の立場からの供述がなされているかのような供述調書の対が幾つもあることだ。それらはことごとく、刑事訴追に積極方向に働く供述調書は平成25年3月以前に作成され、刑事訴追に消極方向(嫌疑不十分)に働く供述調書は平成25年3月以降に作成されているといってよい。

以下では、特に象徴的な4人の供述者をとり上げる。

① 上津原勉氏

上津原氏は、平成20年当時の東電・原子力部門の技術・広報担当(部長)であり、東電が事故調査報告書を作成するに当たっては、東電社員が行う作業のとりまとめをした、東電の幹部社員である。原子力発電所という、司法関係者にはとっつきにくい工学的、技術的な事項について、分かり易く説明する能力に長けた上津原氏は、検察の捜査でも重宝されたであろう。指定弁護士が申し立てた上津原氏の供述調書は訂正文書も合わせると24通、弁護人が申し立てた上津原氏の供述調書も10通ある。地裁で証人尋問のトップバッターにもなった。この裁判の陰の主役ともいえる人物である。

上津原氏は、1号機から3号機が事故を起こした原因が何なのか、事前にどのような措置を行っていれば今回の一連の事故を防ぐことができたのか、そしてどこをどのように水密化しておけば津波の海水による浸水を防ぐことができたのかについて、詳細かつ具体的に説明した供述調書(甲B号証)に署名押印しており、それらはいずれも平成25年3月までに作成されている。その中で、上津原氏は、防潮堤や防波堤は相当の期間と費用を要することから、現実的ではないとも述べていた。

一方で、上津原氏は、今回の一連の事故を防ぐためには防潮堤を設置する必要があったこと、HPCIと直流電源設備の接続等がなされていなければ1号機建屋爆発を防げなかったこと、高台に電源車等を用意しておくだけでは3,4号機の水素爆発を2号機の放射性物質大量放出を防げなかったこと、平成20年当時に試算していた津波に対する対策を3.11までに講じていた場合でも、今回の津波に応じた耐性はもたなかったと考えられること、浸水を前提とした津波対策を事故前に発想することはできなかったこと等を供述している。それらの供述調書(弁号証)は、いずれも平成25年3月以降に作成された。

あの事故は事前の対策で回避できたのか、防潮堤以外の対策は取り得たのか。裁判で最重要争点の1つとなった結果回避の問題について、上津原氏の供述調書は、訴追側・弁護側のどちらにとっても、使えるものでありかつ邪魔なものとなっている。しかし、それらの要素は、必ずしも混然一体となって存在しているわけではなく、平成25年3月という時点を境として、供述調書を仕分けることが容易にできるようになっている。

② 阿部勝征氏

東京大学名誉教授であり、津波マグニチュードの考案など、特に津波研究の分野において多大な功績のある地震学の権威である。

阿部氏は、「事業者の、事業者による、事業者のための」学会であるところの、土木学会原子力土木委員会津波評価部会に参加した地震研究者のリーダー格であり、東電の担当者と飲みに行く程事業者と親密でありながら、平成16年の津波評価部会では、長期評価の見解と東電の立場とで「1:0」という重みを回答した。原子力規制にも深く関わり、特に耐震バックチェックでワーキンググループの主査を務めていたことが、東電土木調査グループの「バックチェックに長期評価の見解を取り入れざるを得ない」という判断にも大きく影響した。

阿部氏の1通目の調書は、平成24年12月26日、宮木恭子検事が作成している。その中には、平成20年12月に東電担当者らと面談した際、事業者は長期評価の見解を前提とした対策をとるべきと考えていたが敢えて何も言わなかったこと、東北地方太平洋沖地震発生前の当時でも水密化や非常用電源設備の高台移設など様々な対策を講じることができたはずだと思っていること、東京電力が対策費用を出し惜しんだという思いがあり遺憾に思っていること等が書かれている。

2通目の調書は、平成25年4月18日、小玉大輔検事が作成した。その中には、長期評価の見解は非常に特異な評価で「そういう見方もあるのだな」と思いながら議論に参加していたこと、長期評価の見解はデータが乏しく精度が低いと考えていたこと、中央防災会議での発言は福島県沖海溝沿い等の津波地震の発生を考慮すべきと考えた上での発言ではないこと、東北地方太平洋沖地震のことは自身も含めて地震学の専門家も想定してなかったこと等が書かれている。

阿部勝征氏は、本来であればこの刑事裁判の法廷で証言するはずだったと思われるが、平成28年9月9日に亡くなった。ただ、亡くなった影響で、まったく黒塗りのない2通の供述調書を読むことができている。

上記2通の供述調書は、明確に矛盾していると言っても過言ではない程、内容が違い過ぎる。2通目の調書は、阿部氏が肺がんで東京大学医学部付属病院に入院中、同病院で作成されていることもあり、私はこの調書を初めて読んだ時、「検察庁、そこまでやるのか」と思った。

故人の名誉のために一応付言しておくと、周囲の評判等から察するに、阿部氏は、空気が読めて、TPOに応じた話ができる、日本人として普通以上に「いい人」だったのだろうと思う。ただ、1通目の調書と2通目の調書とで内容が大きく異なるのは、聞き手(作成者)が同じ東京地検の検事でありながら、その話して欲しいことが、時期によってまったく違っていたというだけと捉えるべきであろう。

③ 小野祐二氏

平成18年に保安院とJNESが開催した溢水勉強会では、福島第一原発で敷地を超える津波によって建屋内に海水が浸入し、全電源喪失による炉心損傷が想定されていた。溢水勉強会の保安院の中心人物が、小野祐二氏である。

小野氏の1通目の供述調書は、平成24年10月16日、やはり宮木恭子検事によって作成された。

この中には、平成18年1月の第1回溢水勉強会の冒頭、事業者に対して、「津波PSA確立まで待っていたら前に進みません。ですから、その結果を待たずに対策を打てるところから早急に対策を打ってもらいたい」等と要望を出したこと、平成18年5月の第3回溢水勉強会で、敷地を超える津波が来たら炉心溶融になると東電担当者が説明すると、JNESの蛯沢部長が「敷地を超える津波については、アクシデント・マネジメント対策として考えて、機器が水没しないようにしていかないといけないね」とコメントしたこと、平成18年6月の福島第一原発の現地調査ではサービス建屋の自動ドアには遮水措置はなく、ディーゼル発電機吸気ルーバーが敷地の低い位置にあるため、敷地を超える津波が来た場合にはそこから海水が入り込んでくることなどを確認したこと、小野班長は何度も「女川だって基準地震動を超えました、自分たちの知見だけでは分からないことがあるのです。自主的に対策を打っていかないとだめです」と主張したが事業者は動こうとしなかったこと、溢水勉強会の成果を踏まえて小野班長が川原修司室長に進言したことが、耐震バックチェックの一斉ヒアリングにおける口頭指示につながったこと、それを受けて事業者が平成19年4月に持ってきた検討結果は従前の主張の蒸し返しで、事業者の対応の遅さに腹が立ったこと、小野班長はとりわけ福島第一と東海第二は早急な対策を打つべきと考えていたこと等が記されている。

2通目は平成26年12月16日、吉田純平検事が作成している。この中では、溢水勉強会の時の津波の想定は相当大雑把だったこと、炉心損傷に至る危険性があることが確認されても保安院としては直ちに東京電力に対して直ちに何らかの対策を取るように要求しなかったこと、敷地を超える津波に向けた対策を取らせようと考えていたわけではなく、当時誰も10メートル以上に及ぶ巨大津波が襲来するとは思っていなかったこと、AM策を本格的に検討するのは津波PSAが確立してからの課題と思っており、外部溢水に関しては引き続き津波PSAの研究を見守ることとしたこと等が記載されている。

1通目の供述調書から感じられるのは、東電に津波対策を促しても何もしなかったことへの憤りであるが、2通目の供述調書からは、東電が津波対策をしなかったことをほぼ全面的に擁護しようという姿勢が感じられる。あたかも違う供述者の調書であるかのようだが、これも時期によって、供述調書作成者たる検察官の目的が違うからそうなっているものと解するのが合理的である。

なお、溢水勉強会については、東電社員の長澤和幸氏の供述調書についても、指定弁護士が申し立てたもの(甲B号証)と、弁護人が申し立てたもの(弁号証)がある。保安院から対策を促されても何もしなかったことが書かれている点は同じだが、長澤氏の平成24年12月に作成された供述調書(甲B号証)には対策をしなかったことに対する検察官の批判的な認識が、平成26年12月に作成された供述調書(弁号証)には対策をしなかったことに対する検察官の同調と擁護が、それぞれ込められているように感じられる。

④ 小林勝氏

平成21年6月から保安院の原子力安全審査課耐震安全審査室長を務めた小林勝氏の供述調書は、平成24年11月から12月に髙長伯検事が作成したものが3通と、平成26年11月以降に吉田純平検事が作成したものが3通取り調べられている。

平成24年11月から12月に作成された供述調書では、政府事故調からのヒアリングで、平成21年9月の東京電力のヒアリングに出席していないと述べたのは、責任逃れのための嘘だったこと、平成21年9月に東京電力から貞観地震津波を踏まえた津波対策についてはバックチェック最終報告とは切り離して検討したいとの説明を聞き、そんなことが実際にできるのだろうかと疑問に思ったけれども、異動からそれほど時間が経っておらず、勉強不足のため東京電力側を説得できる自信がなかったので何も言わなかったこと、平成23年2月の文科省との情報交換会で、同年4月に長期評価を改訂し、貞観地震についても触れる予定であることを説明され、事前に岡村委員からも情報提供があったにもかかわらずすっかり忘れていて、びっくりしたこと、小林氏は文科省からの帰路で名倉氏に東電を呼んで話を聞くよう指示し、名倉氏はその日の夕方には東京電力の担当者を保安院に呼んで打ち合わせをしたこと、平成23年3月3日に東京電力との打合せをした際には、東京電力が地震本部事務局に、貞観地震の波源モデルが確定していないことが読み取れるように長期評価の記載を工夫して欲しいと依頼したとの報告を受け、一電力事業者に過ぎない東京電力が長期評価の記載ぶりに注文をつけるのはいかがなものかと思い憤慨したこと等が記載されている。これらの供述調書からは、事業者の虜であった保安院の体たらくがよくわかるが、それでも東京電力に対し津波対策をさせようという姿勢は多少なりともあったことが感じ取れる。

一方、平成26年11月以降に作成された調書では、平成21年9月に貞観地震津波の想定津波波高の試算結果の報告を受けても、貞観地震については震源域が明らかでないなど未解明な部分が多かったこと、東京電力も堆積物調査やシミュレーション解析等の対策を進めていること等から、東京電力に対し今すぐ対策を取るようにとの指示をすることはまったく考えられなかったこと、東日本大震災の時点で、耐震バックチェック最終報告書が未提出であった原子力発電所は福島第一以外にも沢山あったこと、平成22年5月か6月か7月頃に野口審査課長に対して「安全委に諮った方がいいのではないですか」と尋ねた際も、安全委に諮って貞観地震津波など個別具体的な事項についてしっかり審議すべきとまで考えていた訳ではなく、後々批判されることをおそれて尋ねただけであること、政府事故調のヒアリングを受けた際は、貞観地震と津波に対する問題意識について少々誇張して話しており、直ちに対策を講じなければいけないという危機感は持っていなかったこと、平成23年3月7日に東京電力の説明を聞いた際も、直ちに危機感を持って対策を要求することは全く考えられなかったこと等が記載されている。これらの調書を読むと、小林室長はあたかも、貞観地震津波についての知見の進展状況や東電の検討状況等を十分に踏まえつつ、敢えて、直ちに対策を講じるよう指示をしないという判断をしたかのような印象を与えられる。

なお、小林勝氏は、令和4年春に原子力規制庁を退官し、技術参与を経た後、東京電力の訴訟代理人を務めるTMI法律事務所の参与に就任している。

⑤ その他

供述調書を直接読んだことはないが、特に双方申請という形になっていた証人、具体的には、久保賀也氏、髙尾誠氏、酒井俊朗氏及び今村文彦氏については、前記同様の二面的な複数の供述調書が出来ている可能性が高い。その他の証人や被告人についても同様の供述調書の対ができていることは十分考えられ、それらの内容の転換点が平成25年3月であるものと推認される。

 

⑵ 因果関係立証のための供述調書

刑事裁判で甲C号証と呼ばれていた調書がある。本件刑事裁判は、福島第一原発事故によって、現場作業員13名を負傷させたこと以外に、双葉病院とドーヴィル双葉の入院患者・入所者合計44名を、長時間の搬送や待機のために死亡させたことによる業務上過失致死の刑事責任が問われているが、死亡したことが、地震や津波のせいでもなければ、寿命や病気のせいでもなく、原発事故のせいであることを立証できなければ、業務上過失致死罪は成立しない。この因果関係の立証のための調書作成は、福島第一原発事故を発生させたことの刑事責任を問えるだけの過失の立証がなければ、無意味なものである。

福島地方検察庁の数名の検事は、この因果関係の立証のために、双葉病院の医師・看護師、ドーヴィル双葉の施設長・職員、自衛隊員、福島県職員、双葉警察署の署長・副署長など、請求証拠となっているだけでも約26通の供述調書を、場合によっては遠方の異動先まで出向いて作成した。そして、亡くなった入院患者や入所者は、直ちに命の危険があるような状態ではなく、原発事故による過酷な避難等のために亡くなったことを、詳細な事実経過を記した供述調書によって立証した。

過失の立証見込みがなければ、検察庁はそこまでしなかっただろう。甲C号証を読んだ時、私は、「検察庁は、やっぱり起訴するつもりだったんだ」と改めて思った。

上記調書の作成期間は、平成24年11月30日から平成25年3月18日までに限られている。平成25年3月の方針転換がなければ、因果関係の立証のための証拠はもっと積み上げられ、被害者の範囲も拡大されたかもしれない。

 

⑶ 検察官が作らせた歯抜けの防潮堤

平成25年3月の方針転換とは直接は関係ないが、検察庁が被疑者を無罪にするための証拠を作ったという点では、歯抜けの防潮堤の話は無視できない。

海渡雄一弁護士が歯抜けの防潮堤と呼んでいる、防潮堤を想定した津波のシミュレーションの資料が存在する。それは、平成20年のO.P.+15.7mの津波シミュレーションでは津波が主要建屋の設置された地盤面を超えるのは、南と中央と北の部分に限られることから、そこだけ防潮堤を建てて、タービン建屋やコントロール建屋の東側には防潮堤を建てず、3.11津波は東側からも襲来したらか、防潮堤を建てても福島第一原発事故は防げなかったというシナリオである。このシナリオは、結果的に刑事訴訟よりも国賠訴訟の方に多大な影響を与えた。

この珍妙な歯抜けの防潮堤案は、福島第一原発事故前に東電が検討していた津波対策ではない。東電が責任を免れるために事故後に自ら考え出したものでもない。東京地検が、起訴相当決議が出されて2度目の捜査をしていた平成26年10月頃、東京電力と東電設計に依頼して作らせたものであることが、公判廷における久保氏や髙尾氏の証言から明らかになっている。

 

⑷ 小括

信州大学教授・丸橋昌太郎によると、検察の起訴有罪率99.9%に比べて、嫌疑不十分に対する起訴議決の第一審の起訴有罪率が12.5%(8件中1件)であり、そのことは、「検察官の起訴精度の高さを示すものになったといえよう」と評されている(法学教室No.476、2020年5月号132頁)。

しかし、検察庁は、検察官の起訴精度が高いと思わせられるよう、せっせと無罪を立証するための証拠作成、証拠収集ができることを忘れてはいけない。特に、検察審査会で起訴相当決議が出されることが予測される、社会的耳目を集めている事件については、検察庁は1度目の不起訴の前から、無罪を固めるための作業に着手し、不起訴にする期日は誰に指定されるわけでもない。検察庁には、1度起訴相当決議が出された後にもさらに無罪にするための証拠作成の機会が与えられるので、検察庁にとっては極めて手厚い手続保障が制度上あるといえる。通常の検察官起訴事件では、有罪判決獲得に検察庁の面子がかかることになるから、無罪方向に使える証拠を検察庁が作成することは基本的になく、検察審査会の起訴事件とではその点で雲泥の差がある。

また、検察官起訴事件と、(特に嫌疑不十分となった事件についての)検察審査会(指定弁護士)起訴事件とでは、各段に有罪率が違うため、後者については、裁判官から、「所詮は素人の検察審査会が起訴した事件だから、どうせ無罪だろう」と、色眼鏡で見られるおそれもある。

私は、東電刑事裁判がもし検察官起訴事件となっていたとしたら、有罪判決が出されていた可能性が高いと思う。指定弁護士には刑事弁護の諸先達が就任し、有罪立証のために尽力されたことを疑う余地はないが、それでも検察官起訴事件と検察審査会起訴事件との差は大き過ぎて埋まるものではない。

我が国の原子力政策の行く末に大きな影響を与えることも想定されるこの無罪判決。そのシナリオは、既に平成25年3月、検察庁内部で描かれていた。元々は起訴するシナリオを描いたのに、なぜそれを書き換えたのか。その一部始終がブラックボックスのままで、真にこの国は民主主義国家といえるのだろうか。

 

(後編へ続く。)

 

弁護士 甫守一樹(本部オフィス)

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3/7かすや上映会「希望の国」開催のご報告とお礼  

 

本年3/7、上映会「希望の国」を開催、糟屋郡内外より100名を超える方々にご来場いただきました。

当日は、2時間を超える上映時間にも関わらず、最後まで視聴いただき、また、お帰りの際、アンケート記入にもご協力いただきありがとうございました。

皆様から寄せられたアンケートを拝見しながら、今後の活動に取り組んでいきたいと思います。次回上映内容など詳細は追ってご案内いたします。

最後に、本上映会に準備段階からご協力いただいた皆様、また、後援・協賛を賜りました糟屋郡の各自治体・教育委員会、団体の皆様、そして、毎年、会場を提供いただいているサンレイクかすやの職員の皆様に心よりお礼申し上げます。

3.11かすや上映会実行委員会

弁護士 松嶋健一(粕屋オフィス)

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お野菜の話

先日、駅からの帰路で八百屋の前を通りすぎるとき、キャベツの驚きの安さに足を止めました。しっかりと大きさのあるキャベツがありがたい値段で、手にとってしまいました。

レジに並びながら店内をぼうっと眺めていると、ころころとした芽キャベツが並んでいました。「芽」という言葉に春の訪れを感じるなと思い、どういった料理に使うのが良いのだろうかとスマホで調べてみると、なんと冬が旬のお野菜でした。つぼみのようなぎゅっと詰まった見た目、新芽を彷彿とさせるネーミングにすっかり思い違いしていました。

もう3月とはいえ、まだまだ寒いから冬野菜もよく育つのか、などと考えながら、厚手のコートを身にまとってレジに並ぶ買い物客の列に連なっていると、私の番がきました。ふと、レジ横に陳列された目玉商品に目をやると、春野菜定番の新玉ねぎがありました。あ、やっぱりもう春がくるのかと、思わず一つ手にとってしまいました。

キャベツの安さにつられて始まった買い物でしたが、芽キャベツに冬の名残を感じ、新玉ねぎに春の気配を感じて、思いがけず季節の移ろいを感じるひとときでした。

本部オフィス 事務局S

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趣味の読書 ~クロエとオオエ 有川ひろ~

三代続いた宝石商の跡取りの青年と彫金師の女性の恋の物語

主人公二人の恋は軸にあるのですが、宝飾品のオーダーや周囲の人のトラブル等にまつわるお話がメインですべての話に宝飾品がかかわってきます。

宝石がたくさん出てくるので、どんな宝石なのかネットで検索しながら読み進めていましたが、出来上がった宝飾品のイメージができずにもやもやしていたところ、各章の最後にイラストとQRコードが載っていることに終盤になって気付きました。

どうしてもどんな宝飾品になったのか気になるので、また最初から読むことにしてとんでもない時間を費やしました。何故イラストの頁に気付かなかったのか・・・。

彫金師の女性は、一般的な宝石の価値(カラット、色、傷がない、不純物がない等)ではなく、自分が美しい、面白いと思うかどうかで宝石を選び、お客様の状況・望み等に寄り添って、意味のあるデザインをする。宝石を留める爪にも意味を持たせたりします。

自分が気に入った宝石を宝飾品にするなら、いつでも自分で見られる指輪がいいと彫金師の女性が言うのですが、誕生石、宝石言葉を踏まえて石を選んで、意味のあるデザインをしてもらい、さらにそれがいつでも目に入る指輪ならば、目にするたびに気持ちが前向きになったり、励まされたりするだろうなと思いました。

気に入った宝石を見つけたら、指輪を作ります!

【2026年4月の朝倉オフィスの出張相談のご案内】

朝倉オフィスでは、毎月筑前町コスモスプラザ(福岡県朝倉郡筑前町篠隈373番地)で無料法律相談会を実施しております。

【4月の相談会の日程】

2026年4月24日(金)13:00~16:30 (筑前町コスモスプラザ)

(定員)5名(1名30分)

相談ご希望の方は、電話予約制(申込み順に受付)となっておりますので、朝倉オフィスまでお電話下さい。

朝倉オフィス ℡0946―23―9933(平日9:00~17:30)

朝倉オフィス事務局

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早春の大島散策

2月最後の週末、宗像大島のオルレコースを歩いてきました。

「オルレ」とは韓国・済州島から始まったトレッキングコースの名称で、もともとは済州の言葉で「通りから家に通じる狭い道」という意味とのこと。海岸や山など済州の自然を楽しみながら歩く数々のコースは、多くの方に親しまれているそうです。

その「済州オルレ」の姉妹版として「九州オルレ」各コースが整備されており、「宗像・大島コース」はそのひとつです。

大島へは神湊港からフェリーで渡ります。約25分の船旅です。

大島港から散策を開始。まずは宗像大社中津宮へ。その後、コースは山道を登って御嶽山展望台へと続きます。展望台からは、海に囲まれた島ならではの景色を一望することができます。その後は風車展望所や沖津宮遥拝所などに立ち寄り、大島港へ戻るというコースです。所要時間4~5時間ほどでした。コース途中には牧場もあり、のんびりすごす馬たちの姿を見ることもできます。

早春の空気を満喫した一日でした。

 

宗像オフィス 事務局T

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「沈黙か責任か」~2/4避難者訴訟控訴審を傍聴して

すでに報道等がなされていますが、本年2/4、福島原発事故被害救済九州訴訟(九州避難者訴訟)の控訴審の判決言渡しが福岡高等裁判所であり、弁護団の一員として参加している当法人からも、弁護士に加え、職員複数で傍聴しました。

本件訴訟の経過については、当ホームページにおいても随時、ご報告差し上げているところですが、本件訴訟は、福島第一原発事故によって、住み慣れた地からの避難を余儀なくされ、遠く離れた九州にまで避難して来られた方々が、国と電力会社に対して損害賠償を求めた訴訟の控訴審です。

いきなりの衆議院解散・総選挙と街なかは慌ただしい時期ではありましたが、判決当日の高裁大法廷は、避難者と支援者の皆さん、そして多くの市民の傍聴で埋めつくされており、この裁判に対する関心の高さを感じました。

判決は、一審判決に続き、国の責任は認めない、一審で認容されたわずかとも言える電力会社の賠償総額についてさらに減額するという内容で、避難者の皆さんとしては、到底、納得できないものでした。

なお、判決後の原告団総会において、本件控訴審判決は到底、容認できないとして、最高裁への上告が決議されています。

 

地元紙に毎月、福岡市出身の音楽プロデューサーのコラムが掲載されており、それを毎月、楽しみにしています。複数の著名ミュージシャンのプロデュースを手がけている方ですが、音楽活動の傍ら、国内外の様々な問題に対して発信をしています。

このコラムの最後、「小さな声が届かない社会にこそ、声を上げる意味がある。問われているのは、沈黙か責任かーぼくは後者を選びたい。」と締めくくられていて、今回の判決とも重ねて、法律に携わる一員として、出来ることは限られているものの、いつも市民目線でものごとを考え、「責任」を果たしていきたいと、思いを強くしているところです。

東日本大震災から15年となりますが、粕屋オフィスでは、糟屋郡内の団体・個人と共同で、毎年、この時期に、東日本大震災に関連した上映会活動に取り組んでいます。

本年も3/7(土)にサンレイクかすや(福岡県粕屋町)にて「希望の国」(2012年作品)の上映を予定していますので、会場まで足を運んでいただき、感想等をお聞かせいただけますと幸いです。詳細は、本ブログ別掲の案内を参照ください。

 

粕屋オフィス 事務局(3.11かすや上映会実行委員会事務局)

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JR長者原駅前で宣伝~かすや上映会2026④

かすや上映会「希望の国」開催まで、一週間余りとなりました。

これまで糟屋郡内の各自治体や施設、後援・協賛をいただいている各団体への案内を進めるとともに、各町広報誌などで地域の皆様にもご案内を差し上げているところです。

2/17の早朝、地元・JR長者原駅前(粕屋町長者原)において、通勤・通学で駅を利用される地域の皆様に、直接、ちらしをお渡しして案内を行いました。

地元に通う高校生の皆さんからの反響も良く、ぜひ、若い方々にも観ていただきたいと思っています。

日  時  2026年3月7日(土)14:00~(13:30開場)

会  場  サンレイクかすや 多目的ホール

糟屋郡粕屋町駕与丁1-6-1

主 催  3・11かすや上映会実行委員会

参加費  500円(高校生以下は無料)

 

弁護士 松嶋健一(粕屋オフィス)

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映画『「生きる」大川小学校津波裁判を闘った人たち』上映会に参加しました

本年2月7日、NPO法人九州アドボカシーセンター、自由法曹団福岡支部、福岡青年法律家協会共催の、映画『「生きる」大川小学校津波裁判を闘った人たち』上映会が天神ビルにて開催されました。
この上映会に、私たち宗像オフィススタッフは運営のお手伝いとして参加させていただきました。
映画の上映後は、監督の寺田和弘様、大川小学校津波裁判弁護団長である吉岡和弘弁護士及び大川小学校津波裁判原告のおひとりである只野英昭様とのオンライントークセッションがなされました。
このトークセッションで特に印象に残ったのが原告の只野様の言葉でした。

ここ(大川小学校)で起きたことを、賠償だけで片付けてはいけない。ここで起こった事実を明らかにして、次に繋いでいけるようにすることが、被告に求めたいことだと。

災害大国日本に生きるひとりとして、わたしも当時目と耳にしたできごと、感じたことを、しっかり次の世代に繋いでいかなければならないと、気持ちをあらたにした今回の企画でした。
このような貴重なお話をお聞かせいただいた、寺田和弘監督、吉岡和弘弁護士、原告の只野英昭様には心より感謝申し上げます。

予告編はこちらから↓
https://ikiru-okawafilm.com/

 
さて、宗像オフィスでは休日相談を行っております。

日時は当ホームページのお知らせ・ニュース欄、宗像市市報タウンプレスにてご案内しております。

事前電話予約制ですので、まずは宗像オフィスまでお問い合わせください。

 
宗像オフィス 事務局S

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