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弁護団活動

旧優生保護法全国一斉相談会を実施しました

本年4/20の10時~16時、旧優生保護法による不妊手術・人工妊娠中絶手術に関する一斉相談会を実施しました。

この福岡は、優生保護法被害福岡弁護団が担当しました。各団体へ案内チラシを配付するなど、事前の告知等を行い、地元各紙においても掲載いただきました。

旧優生保護法は1996年(平成8年)の改正により、優生手術の条項は削除されました。

2019年には旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金支給法も制定されました。残念ながら、一時金支給法に基づき申請を行ったのはわずかでした。

弁護団としては、今回の全国一斉相談会によって、被害者やその関係者から直接お話を聞くことによって、被害実態を把握し、国に伝え、被害回復を実現するきっかけにしていきたいと考えています。

優生保護法に基づく手術は、当時の時代背景だけをみても、優生思想はとても根深いものであり、深刻な状況でした。本当は子供が欲しいと思っているにもかかわらず、関係団体や家族の要請で手術を受けた方も残念ながら多く存在しています。何の手術が知らされることもないまま、不妊手術や人工妊娠中絶手術を受けた方も存在しています。「手術を受けたくない」とはとても言えない時代だったのです。

優生保護法に基づく手術を受けた被害者は、全国各地でその被害を訴え、裁判を起こしており、本年(2022年)2月大阪高裁、同じく3月には東京高裁で、被害者が勝訴の判決が出されています。

これらの判決を機会に、旧優生保護法の影響につき、さらに皆さんと考えていきたいですね。

弁護士 花田弘美(粕屋オフィス)

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除斥期間の適用は正義に反する~旧優生保護法違憲国家賠償請求福岡訴訟報告④

本年2/24に大阪高等裁判所にて、そして本年3/11に東京高等裁判所にて、旧優生保護法違憲国家賠償請求の判決が出されました。

これら判決が、全国で同様にたたかっておられる皆さんにとってどれほど大きな意味をもつ判決だったでしょうか。

 

これまで全国で同様の訴訟が提起されており、福岡訴訟もそのひとつです。そして、全国で提起された訴訟のうち、仙台、東京、大阪、札幌、神戸についてはすでに第一審判決が出されており、いずれも原告の訴えは退けられました。

その理由のひとつとして、「除斥期間」があります。除斥期間は、相手の不法行為から20年を経過すると損害賠償を求める権利が失われるというものです。

旧優生保護法の強制不妊手術を定める規定等は平成8年改正にて削除されており、原告らの受けた優生手術から数えても、ゆうに20年は超えています。

しかし、全国に散らばる原告は、視覚障害、聴覚障害等の障害があるのですが、原告に関わらず障害をもつ方は優生思想が蔓延した社会で生活しています。不良な子孫であると、いわれのないレッテルを貼られ、自分たちの狭い世界で生活してこられました。そのような社会で、果たして20年以内に優生手術が違憲であると声をあげることができたのでしょうか。現在でさえ、やまゆり事件等優生思想が根幹にあると言わざるをえない事件が起きているにもかかわらず、です。

 

大阪高裁は、除斥期間を理由に原告らの請求を退けた大阪地裁(第1審)の判決を変更し、国に賠償を命じました。

裁判は、旧優生保護法によって障害者への差別偏見を生み出し、浸透してきたことを認め、障害者の社会背景を考慮し、除斥期間の適用をそのまま認めることは、著しく正義・公平の理念に反すると結論づけたのです。

大阪高裁に引き続き、東京高裁でも同様の内容で判決が出て、判決を聞いた原告が涙を流す様子はニュースでも報じられています。

 

なお、大阪高裁では、国側が上告をしたため、舞台を最高裁判所へうつし、引き続き闘っていくことになります。東京高裁の判決については、国側は現時点でまだ対応を明らかにしていません。

大阪高裁及び東京高裁の判決により、全国の原告団、弁護団、支援の会の皆を悩ましていた高い壁がやっと崩れました。優生思想を打ち砕き、障害の有無に関係のないより良き社会への第一歩だと感じています。

 

弁護士 花田 弘美(粕屋オフィス)

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提訴2周年~旧優生保護法違憲国家賠償請求福岡訴訟報告③

本年12月12日、福岡県弁護士会館にて、「旧優生保護法裁判を支援する福岡の会」の主催により、旧優生保護法違憲国家賠償請求福岡訴訟の提訴2周年記念イベントを開催されました。

全日本ろうあ連盟の石野理事長、日本障害者協議会の藤井代表にご登壇いただき、手話通訳や要約筆記も取り入れながら、障害のある方、ない方がともに参加でき、会場全員で優生思想について考えていく、とても貴重で有意義な時間となりました。
会の最後には、優生思想と記載した紙を破き、決意表明がなされるなど、準備に携わった皆さん、参加された皆さんのお気持ちが一体となったイベントでした。

福岡訴訟は、本日12/24で提訴2周年。この2年、裁判においては、優生思想だけでなく、障害者に対する差別が未だに根強く残っていることを主張してきました。私たち弁護団も、視覚障害の方、聴覚障害の方などにお話を聞く機会が多くあり、自分自身の無意識な壁にいつも気づかされて、そして反省する日々です。
福岡訴訟の次回期日は、翌2022年1月27日(木)14時です。皆様のご支援をよろしくお願いいたします。

弁護士 花田弘美(粕屋オフィス)

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外国人に対して適切な医療サービスの提供を。

唐突ですが、福岡難民弁護団に所属しています。

その弁護団では、出入国管理局によって収容されている外国人について、本国へ強制送還されてしまうと生命の危機に直面してしまうとして難民申請手続を行って日本に在留することができる許可を求めたり、専門的な治療を施さなければならないことを理由に仮放免申請手続を行って一時的に収容施設からの拘束を解くよう求めたりなど、外国人の支援活動を行っています。

現在も、とある収容施設内で、外国人が適切な治療を受けることができなかったことから、重大な障がいを残してしまったことを理由に国家賠償請求をするという事件に、代理人弁護士として参加しています。

(具体的な説明は避けますが)その事件では、外国人に対して適切な治療を実施しなかったという内容で収容施設長の過失を構成していますが、その事件では、「どのような治療を実施すべきだったのか」「その治療を行っていれば、このような障がいが残ることはなかったのか」という点が問題となっています。

弁護士は法律の専門家であって、医療の専門家ではありません。上記の点を探求するには、医療の専門家である医師の協力が不可欠です。先日、外国人に対して医療サービスを提供することにも尽力されている医師にお会いし、この事件に関して相談することができました。この医師は、医学の知見に深い方であることはもちろん、収容施設内での医療体制の問題についても精通している方でもあり、非常に有益なお話をお聞きすることができました。ご教示いただいたお話を活かして、この事件を良い方向へと進めていきたいと思った次第です。

ところで、この医師より、外国人に対する治療を行うにあたっての悩みについても、お話をうかがうことができました。この医師は、外国人向けに医療面に関する無料相談会を開くという活動を行っており、たくさんの外国人の診察にあたっておられるそうです。その際に悩まれているのが、外国人が経済的に貧しく、適切な医療サービスを受けられない、という問題だそうです。無料相談会を開いて、外国人を診察して、この外国人にはこういった治療が必要だ、というところまでは支援できるのですが、ではその治療を行うための治療費はどうするのかという問題がどうしても残ります。症状を取り除く治療方法はあるのに、お金がなく治療できない、これほど無念なことはありません。

個別の病院が、治療費をもらわずに治療を施すという判断を行うことは、病院経営上採用することはできません。そうしてしまうと病院も破綻してしまいます。困窮する外国人に適切な医療サービスが行き届いていないという問題は、政府の政策レベルでの対応が必要であると感じられました。医師も、弁護士も、困窮する外国人に対して、どのように医療サービス・法的サービスをくまなく提供できるのか、重大な課題が残っています。

宗像オフィス 弁護士 北中茂

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最新解決事例のご紹介~消費者問題

 弁護士登録以来,消費者問題にも積極的に取り組んでおり,福岡県弁護士会の消費者委員会にも所属しているところですが,この度,同委員会所属の弁護士らで弁護団を結成し,ゴルフ練習場の経営者たちが,ホームページ作成やクレジット契約等を勧誘した会社の代表取締役・役員・勧誘した担当者,信販会社等を相手に,損害賠償請求等をした裁判について,一部支払を受ける内容で裁判上の和解をしましたので,ご紹介いたします。
なお、過去の解決事例については、当ホームページにも掲載しています。

<事例分野>消費者問題
<解決年度>2021年
被告会社は,ゴルフ練習場の経営者たちに,(1)無料でホームページを作り,そこに広告を貼らせてもらえれば広告料を支払うこと,(2)数百万円もの高額なソフトを購入する内容でクレジット契約を結ぶこと,(3)広告料の名目で,信販会社に毎月支払うクレジット料と同額を,継続的に支払うので一切負担はさせないことを宣伝,勧誘し,高額なクレジット契約を締結させていました。
被告会社は,福岡県を含め,全国で同様の勧誘を行っていましたが,現在は破産しているため,同様の宣伝や勧誘は行われていません。その後,被告会社からの広告料名目の支払が止まったため,ゴルフ練習場の経営者たちには数百万円のクレジット料を支払う義務だけが残りました。
弁護団としては,被告会社代表者らと信販会社に対し,この商法が破たん必至であることを認識し又は認識し得たのに,漫然と継続させて,ゴルフ練習場の経営者らに経済的負担をさせる一方で,クレジット会社から多額の資金を受けていたことを訴えました。その結果,福岡地方裁判所にて,損害の一部につき支払を受ける内容で,信販会社や被告会社の代表者と裁判上の和解をして,被害額の一部を回復することができました。

弁護士 髙本稔久(粕屋オフィス)

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いのちに優劣はない~旧優生保護法違憲国家賠償請求福岡訴訟から②

 本ブログ5/26付けにおいても、本件訴訟についてのご紹介をしていますが、本年8/2、福岡地方裁判所にて、旧優生保護法違憲国家賠償請求福岡訴訟の第5回期日が開かれました。
 当日の法廷において、原告としては100ページ超の準備書面(計5通)を提出し、原告弁護団から私と池永修弁護士を含めた3名の代理人が意見陳述を行いました。私は、このような大きな訴訟において意見陳述をすることは初めてで、朝から緊張と気合いが入り混じっておりました。

 今回の3名の意見陳述は、大きく3つのポイントに絞って行いました。
 1つは、最高裁判所大法廷の判決に依拠しながら、国会議員に国賠法上の責任があること。2つ目は、厚生省(当時)が旧優生保護法に基づいて推進してきた優生政策の実態や優生条項の全部が削除されてからの国の対応。3つ目は、精神障碍者に対する社会からの隔離・排除政策などの精神衛生法制が、旧優生保護法と車の両輪であること。
 これらのうち、私は2つ目について、実際に準備書面の作成に携わり、意見陳述を行いました。

 私は、準備書面の作成及び意見陳述にあたり、厚生省が推進してきた優生政策について調査を進めてきました。優生手術に関する資料の多くはすでに存在していないようですが、現在残存している資料の中でも、とても信じられない記載がなされているものが多くありました。
 例えば、それらの資料の中に、ある都道府県が、優生手術の実施件数が千件を突破したことに関する記念誌を作成、発行したことが記載されているものがありました。
 当時の時代背景としては、厚生省が、優生手術の実施件数が多い都道府県を成績の良い、実施件数の少ない都道府県を成績の悪い、と評価していたという事情があり、これを受けての記念誌の作成、発行であったものと考えられます。
 私は、上記のような資料をみて、言葉にできないほどの驚きを受けましたし、同時に怒りもこみ上げてきました。関係者の皆さんにはそれ以上のものがあったことと思います。
 次回裁判は、本年10/28(木)14時から福岡地方裁判所にて予定されております。裁判後には報告集会を行っております。
 コロナ禍ではありますが、ぜひ裁判を傍聴いただき、報告集会に足をお運びいたき、一人でも多くの方に、この裁判の意義を知っていただきたいと思っています。

弁護士 花田弘美(粕屋オフィス)

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控訴審第1回口頭弁論期日が開かれました(福島原発事故被害救済九州訴訟)

2021年6月24日に、福岡高等裁判所にて、第1回口頭弁論期日が開かれました。
くしくも第1審判決が言い渡されたのが、1年前の6月24日。原告、支援者、弁護団も1年前の判決を覆すべく、気持ちを新たに口頭弁論に臨みました。

口頭弁論では、原告団長金本さんのご子息暁さんが原発事故に翻弄された子供時代を語ってくださいました。また、生業訴訟の弁護団馬奈木厳太郎先生から全国での裁判の状況やこの九州訴訟の意味について弁論していただきました。

口頭弁論期日後の報告集会では、関西訴訟原告団長の森松さん、九州訴訟に原告として参加されることになった木村さんらから連帯メッセージをいただきました。

九州訴訟は、福島原発から最も離れた場所での訴訟です。九州で国の責任を認めさせること、被害実態に見合った賠償を勝ち取ることが、全国の避難者が真に救済されるために不可欠であることを再認識した口頭弁論期日になったと思います。

*報告集会の様子をyoutubeからご覧になれます。森松さんを取り上げたドキュメンタリーも上映しておりますので、
ぜひご覧ください!
YOUTUBEライブ配信QRコード
URL:https://youtu.be/55wTrzqsK-s

原告金本暁さんの意見陳述をご紹介いたします。

弁護士 坂口裕亮

【原告:金本暁さん意見陳述】

1.はじめに

私は宮城県に生まれ、生後3ヶ月のころから福島県いわき市で育ちました。福島第一原発事故の後に一家で福岡県久留米市に避難し、今は佐賀県鳥栖市で生活しながら福岡市内の大学に通っています。
今までの人生の半分程を過ごした福島は、私にとってかけがえのない故郷であり、そこでの思い出が今の私を支えています。

2.福島第一原発事故

2011年3月11日、東日本大震災に続き、福島第一原発で爆発事故が起こりました。私の住んでいた地域では幸い津波の被害はありませんでしたが、原発事故は当時中学一年生だった私にとっても「核爆弾」を連想させるような漠然とした恐怖を感じるものでした。父が言った、「せめて苦しまないで死ねるよう祈りなさい」という言葉は、今思い返すと、原発事故がその当時どれほど深刻で身近に迫りくる恐怖であったかを表していたと思います。

3.福島からの避難と避難生活

私の両親は、「福島に留まることはできない」という判断をしました。情報が錯綜する中、安全か危険かを確定できない不安定さと、何かあってからでは遅すぎるという切迫した危険を踏まえての決断でした。当時の私の「勝手な予定」では、一度様子見のために福島を離れて、状況が落ち着いたら一週間程で帰ってくる、というシナリオがこの時の「避難」のすべてでした。吹奏楽部の部員だったので、7月の吹奏楽大会に向けて曲を選び練習を始めるはずでした。進学したい高校もすでに決まっていました。同じ高校に行こうと友人や先輩と約束もしていました。これらの「勝手な予定」は、具体的で日常的で、必ず起こるはずだと信じることができる希望でした。

いくつかの場所を中継して、最終的な避難の目的地は福岡まで離れましたが、福岡への移動も、私の中では「予定」を実現させる前の一時的なものだという思いでした。しかし、両親はついに福岡に留まることを決心しました。今思えば両親の決断の背景を理解することはできますが、当時の私にとっては受け入れがたい衝撃以外の何ものでもありませんでした。両親の決断に、当時高校2年生だった兄は激しく反発し、一人でも福島に帰ると言いました。妹はその状況を見て、ただ泣いていました。私と私の兄弟は、それぞれ当たり前に思い描いていた日常を失いました。

転校先の久留米市の中学校では友達を作ることができませんでした。小学校から続けていた吹奏楽部にもとても入部する気になれませんでした。小学校からの仲間と、中学校での新しい仲間を突然、しかも不条理な理由で失った喪失感が大きすぎて、新しい場所で一からやり直す気持ちにはなれませんでした。久留米での学校生活は、家と学校を幾度となく往復するだけという無気力なものになってしまいました。自分が知らぬ間に失っていた当たり前の日常生活を普通に送っている人たちを見て、生意気ながら「この人たちと同じではない」という風に思い、やさぐれていました。

久留米市に避難してから約一年後、一度福島に帰る機会がありました。久しぶりに友達に会うことができて嬉しかった半面、福島の人々が何事もなかったように生活しているのを見て、正直少し混乱しました。原発事故の危険から逃れて福岡に避難したはずなのに、福島は到底「避難してきた場所」には見えませんでした。すでに安全でこれからも安全だ、と言う人もいれば、未だ危険で今後も不確実だ、という人もいました。福島に帰ることで、頭の中の認識と目の前の現実との矛盾をはっきりと自覚せざるをえず、自分は福島にいてはいけないのではないかとさえ思わされました。

私がかつて通っていた中学校の吹奏楽部は、私が避難した後、東北大会にまで駒を進めるほど活躍していました。「同じ高校に行こう」と約束していた友人や先輩は、約束通りの高校に入学しました。私は、高校入学と同時に佐賀県鳥栖市に引っ越し、吹奏楽部にも入部しましたが、半年も続きませんでした。仲間と環境を失ったダメージは想像以上に大きく、その穴を埋める努力はしましたが、避難から数年たった後でもそうすることはできませんでした。私には、日常を取り戻す手段も力もないことに気づきました。

4.避難者たちとの出会い

大学を卒業し、大学院に入学する頃から、私が経験した原発事故による避難や、原発そのものについて深く考えるようになりました。震災当時の出来事や避難について思い返すことは、しばしば苦痛を伴う作業でしたが、過去の経験を振り返り、発信していく中で、私と同様に福島から避難した方々と出会うことができました。国内で避難した方、国外に移住した方、様々な理由で避難を決意し、私が経験しなかった被害を経験した方の話を聞く時、原発事故の被害の大きさと幅の広さを思い知らされます。心身に不調をきたし、家族や友人との関係が元に戻せないほど悪化し、住み慣れた故郷を不本意な形で手放さざるを得なかった方々の話は、同じ避難を経験した私ですら知らないことが多いのです。

しかし、私たち避難者に共通している事実もあります。私たち避難者が経験した様々な被害は、私たち自身が望んで受け入れたことではないということです。私たちの被害に対する責任、もしくは原因の所在が、原発そのものや、それを運営・促進していた電力会社と国にあるという事実が認められない現実に、悩み苦しむ人が未だに存在します。もし、私たち一家の避難が無意味だったというのであれば、私が吹奏楽部で活躍できなかったことも、憧れていた高校に入れなかったことも、気心知れた友人たちと青春を謳歌できなかったことも、それは私たち自身が、或いは避難を決断した私の両親が悪かったのだと宣告されているのと同義です。

5.おわりに

間違いなく、原発事故が無ければ、私たちは避難していませんでした。当たり前の日常を失ったり、将来の夢を壊されたりはしなかったはずです。通いなれた学校で友人と笑ったり、目標のため勉学に励んだりして平穏に生活していたはずです。月日が経てば、大学入学や就職のために、自分の意志によって、福島に留まるか、福島を出るか、という自由な選択の機会があったはずです。原発事故が無ければ、私たちは何の被害も受けなかったはずです。

しかし、原発事故が起きたことと、その被害者が存在することは偽ることのできない事実であり、変えることのできない現実です。この問題を解決するための第一歩として、まずは責任の所在を明確にすることが必要です。
裁判官の皆さん。国や東京電力の代理人の皆さん。私たちに「お前が悪かったのだ」と言わないでください。避難という苦渋の判断をしたことと、それによって受けた被害の責任が避難者自身には無いという宣言を聞くだけで、それだけで私たちの心は救われるはずです。

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いのちに優劣はない~旧優生保護法違憲国家賠償請求福岡訴訟から

皆さんは、優生保護法下での強制不妊手術をご存じでしょうか。
人為的に優秀な子孫を産む方法で国家・民族を発展させるという思想である優生思想が、命に優劣をつけ選別をしてしまうような方向に進んだ結果、戦時中の1940年、遺伝性とみなされた障害者、病者に強制不妊手術を認める「国民優生法」が成立しました。
戦後の1948年、「優生保護法」への法改正後にも強制不妊手術の規定が引き継がれて、1996年、母体保護法への改正時に強制不妊手術の規定が削除されるまでの間、知的障害や遺伝性の疾患を有する方に不妊手術を強いることが認められていました。
本来、権利や自由を守るための法律が、差別を生み出して、助長し、遺伝性の障害を持つ方は劣等であるという不当な烙印を押し続けていたということです。
なお、この1996年は、ハンセン病患者への長きにわたる強制隔離政策を続ける根拠となった「らい予防法」がようやく廃止された年であり、その後の提訴、勝訴判決につながっています。

旧優生保護法違憲国家賠償請求訴訟は、この優生保護法下での強制不妊手術等の被害について、仙台、東京、兵庫など全国各地で提起されている裁判で、福岡でも、2019年12月24日に提起されました。
当法人からも池永修弁護士と私が弁護団に参加し、原告、支援者の皆さんと一緒に闘っています。
福岡訴訟では、不妊手術を強いられた聴覚障害のある男性と、妻の女性が原告となり、これまでに3回の裁判期日が開かれています。裁判では、強制不妊手術の是非、優生思想による差別について追及しています。
本年5月は、優生保護法と同様に、国の法律によって、ハンセン病患者が強制的に隔離されていた政策が憲法に反すると断じた2001年5月の熊本地裁判決から20年です。
今こそ、優生保護法の問題をはじめ、様々な被害、根付いた差別や偏見、障害者の方々を取り巻く生活環境について、社会全体、お一人おひとりが知ってゆくことが問われているのではないでしょうか。
次回裁判は、本年8/2(木)14時から福岡地方裁判所にて予定されており、裁判後には報告集会も行っております。ぜひ、ご参加いただき、一人でも多くの方が、この裁判の意義を知っていただけますと幸いです。

コロナ禍において、本来公開裁判であるはずの法廷に出向けない、傍聴が出来ないなどの状況でもありますが、「いのちに優劣はない」というスローガンを掲げ法廷外での支援活動も行われておりますので、皆様の多様なご支援をよろしくお願いいたします。

弁護士 花田弘美(粕屋オフィス)

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「きららの湯」をただでやるな!糸島市住民訴訟の判決が言い渡されました

本年(2021年)4月28日、「きららの湯」をただでやるな!糸島市住民訴訟の第1審判決が福岡地方裁判所で言い渡されました。

結論は、糸島市民らの請求をいずれも棄却しました。

裁判所の判断は、糸島市の主張にただただ追従するのみで、「行政の暴走を抑制する」という司法の役割を放棄したと言っても過言ではありません。

「きららの湯」は旧二丈町が設置して以来、「健康増進施設」として社会保障費の削減等に資するものとして運営が続けられてきました。実際に原告らをはじめ多くの糸島市民が「きららの湯」を利用することで健康を維持してきました。

しかし、裁判所は、「きららの湯」を利用しない糸島市民にとっては、「多額の公金を投入してまで維持すること自体が問題であると思われる」などと福祉行政を単なる「コスト」としてしか見ていません。裁判所は、「きららの湯」で糸島市民が健康を維持する必要はなく、市民が健康を損ねても構わない、そのときには社会保障費を支出すればいい、とでも考えているのでしょうか。福祉行政は市民の健康増進・維持を図ることが大前提のはずです。裁判所は福祉行政の目的を全く理解していません。そもそも福祉に用いる施設について採算性を問題にすること自体がおかしなことですが、採算性の得られない施設の維持費を削減することが地方自治体の財政健全化に資するという単純なロジックであれば、学校も、図書館も、美術館も、体育館も、およそあらゆる行政財産を投げ売りする(ただでやる)ことが許されることになります。

また、原告らは⓵「きららの湯」を無償譲渡することの是非⓶入湯料値上げの是非を主張する中で、糸島市の検討がいかに杜撰であったかを主張しました。現課長を証人尋問しましたが、「きららの湯」の価値も算定していないこと、入湯料の値上げについては譲渡を受けた民間業者の言い分を鵜呑みにしたことなどが明らかになりました。それでも、裁判所は、「裁量論」を振りかざし、糸島市の検討過程には目をつぶり、「きららの湯」を糸島市に返還させることは現実的ではないなどと述べて、原告らの請求を棄却しました。このような判断が許されるのであれば、既成事実を作られてしまえば、市民の声は一切届かないことになります。

この度の判決は残念ではありますが、原告の皆さんとは判決言い渡しの直後に控訴することを確認いたしました。

今後は、福岡高等裁判所に舞台を移し、糸島市政を正すべく、糸島市民の皆さんと活動を続けていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
なお、同訴訟のこれまでの活動については、本ホームページにも掲載しておりますので、御参照ください。

きららの湯をただでやるな!糸島市住民訴訟弁護団


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福島第一原発事故から10年を迎えて

3月11日で、あの東日本大震災から10年が経過しました。

福岡市では、この週、多くの集会やシンポジウムが開催されました。

福岡市の警固公園で開催された原発ゼロ!3•11福岡集会で集会宣言(案)を起案する機会をいただきました(無事に採択されました!)。

この10年間、原発差止訴訟や避難者訴訟、被ばく労働者の労災訴訟など様々な事件に取り組んで参りましたが、まだまだ道半ばです。これらの取り組みを通じて知り合うことができた方々が私の財産です。

これから10年の決意表明として、採択された集会宣言を、ご紹介いたします。

 

弁護士 池永 修(本部オフィス・福岡市東区)

 

 

<集会宣言>

 

10年前の今日、14時46分に発生した東日本大震災に続いて、史上最大最悪の環境公害事件と評されるあの福島第一原発事故が発生しました。

セシウムだけでも広島型原爆168個分もの放射性物質が、震災直後の混乱と悲しみに包まれた被災地に降り注ぎ、関東一円を含む広範な国土も放射性物質に汚染され、ピーク時には全国約47万人もの人々が郷里を追われたとされています。

この間、政府は、生活圏に限定した形ばかりの除染を行い、帰還困難区域を除いて全ての避難指示が解除されました。補償の打ち切りと連動して半ば強制的に帰還政策が推し進められ、被災者たちは汚染された郷里に戻るか戻らざるかの選択を強いられ、被災地に新たな分断がもたらされました。

事故から10年が経過してもなお福島第一原発の廃炉作業は道半ばで、事故後に発動された原子力緊急事態宣言も維持されたままです。放射性物質に汚染された国土の大部分は除染もされずに手付かずのまま放置され、福島第一原発の敷地は我が国の原子力政策の終焉を象徴するように行き場のない汚染水に満たされたタンク群に埋め尽くされています。無論、人生を大きく歪められた被災者に対する補償の問題も未だに決着をみていません。

それでもなお、政府は、事故後の技術革新により再生可能エネルギーが国内外で爆発的に普及するなかにあって、未だに原子力発電という過去の遺物に固執し、再生可能エネルギーの主力電源化への潮流を妨げています。

私たちは、福島第一原発事故から10年の節目を迎えるにあたって、さまざまな思想・信条、立場や利害を超えて今日ここに集い、福島第一原発事故が今もなお続いているとの認識を新たにし、福島第一原発事故を決して風化させることなく、次の目標の実現に向けてともに前進していくことを決意しました。

 

▶私たちは、原発再稼働、老朽原発稼働延長、原発新増設に反対し、すべての原発の稼働停止と廃炉を求めます。

▶私たちは、国や東電に対して福島第一原発事故被害への完全なる救済、賠償と、生活再建や環境回復、健康被害対策などに責任を果たすことを求めます。

▶私たちは、放射能汚染水を海洋に放出しないことを求めます。

▶私たちは、核燃料サイクル政策をやめ、プルトニウムを利用しないことを求めます。

▶私たちは、九州電力による太陽光や風力などの再エネ出力抑制に反対し、それらを優先接続することを求めます。

▶私たちは、放射能もCO2も出さない脱原発・脱炭素社会の実現を求めます。

 

2021年3月11日

原発ゼロ!3•11福岡集会 参加者一同

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