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宗像オフィス

外国人に対して適切な医療サービスの提供を。

唐突ですが、福岡難民弁護団に所属しています。

その弁護団では、出入国管理局によって収容されている外国人について、本国へ強制送還されてしまうと生命の危機に直面してしまうとして難民申請手続を行って日本に在留することができる許可を求めたり、専門的な治療を施さなければならないことを理由に仮放免申請手続を行って一時的に収容施設からの拘束を解くよう求めたりなど、外国人の支援活動を行っています。

現在も、とある収容施設内で、外国人が適切な治療を受けることができなかったことから、重大な障がいを残してしまったことを理由に国家賠償請求をするという事件に、代理人弁護士として参加しています。

(具体的な説明は避けますが)その事件では、外国人に対して適切な治療を実施しなかったという内容で収容施設長の過失を構成していますが、その事件では、「どのような治療を実施すべきだったのか」「その治療を行っていれば、このような障がいが残ることはなかったのか」という点が問題となっています。

弁護士は法律の専門家であって、医療の専門家ではありません。上記の点を探求するには、医療の専門家である医師の協力が不可欠です。先日、外国人に対して医療サービスを提供することにも尽力されている医師にお会いし、この事件に関して相談することができました。この医師は、医学の知見に深い方であることはもちろん、収容施設内での医療体制の問題についても精通している方でもあり、非常に有益なお話をお聞きすることができました。ご教示いただいたお話を活かして、この事件を良い方向へと進めていきたいと思った次第です。

ところで、この医師より、外国人に対する治療を行うにあたっての悩みについても、お話をうかがうことができました。この医師は、外国人向けに医療面に関する無料相談会を開くという活動を行っており、たくさんの外国人の診察にあたっておられるそうです。その際に悩まれているのが、外国人が経済的に貧しく、適切な医療サービスを受けられない、という問題だそうです。無料相談会を開いて、外国人を診察して、この外国人にはこういった治療が必要だ、というところまでは支援できるのですが、ではその治療を行うための治療費はどうするのかという問題がどうしても残ります。症状を取り除く治療方法はあるのに、お金がなく治療できない、これほど無念なことはありません。

個別の病院が、治療費をもらわずに治療を施すという判断を行うことは、病院経営上採用することはできません。そうしてしまうと病院も破綻してしまいます。困窮する外国人に適切な医療サービスが行き届いていないという問題は、政府の政策レベルでの対応が必要であると感じられました。医師も、弁護士も、困窮する外国人に対して、どのように医療サービス・法的サービスをくまなく提供できるのか、重大な課題が残っています。

宗像オフィス 弁護士 北中茂

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九州避難者訴訟団ニュースNo5が発行されました

 九州避難者訴訟団ニュースNo5が発行されました。
 第2陣提訴や署名提出など10年の節目に活動が活発になっています。
 第1陣訴訟控訴審期日が11月16日14時30分から福岡高等裁判所で行われます。
 皆さんの声を届けるべくぜひご参加をお願いいたします。

 弁護士 坂口裕亮

九州避難者訴訟団ニュース№5

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人権セミナーに参加して

去る10月15日にNPO法人九州アドボカシーセンターが開催した人権セミナーにzoom参加しました。今回のテーマは「コロナ禍における雇用脆弱層の実態と弁護士の役割」です。労働審判が年間3500件前後で推移する中、特に今回は長期化するコロナ禍を理由に解雇や内定取り消しを受けた方の事例の紹介でした。

今年2月の人権セミナー「正規労働者と非正規労働者の格差を考える」でも感じましたが、今回も同じく、当事者となられた方の勇気と行動力、それに寄り添い結果を出された弁護士の熱く強い思いに胸を打たれました。自分に置き換え、果たしてここまで頑張れるかと考えました。また弁護士に相談するまでに辿り着かない不安な思いを抱えている人がどれほどいるのかと思うと、それにも心が痛みます。

今回の事例の方々は、現在、希望を持って働いておられます。働く意思のある一人ひとりが力を十分に発揮できる社会になることを願います。

弁護士とは、助けを求める人の足元を照らし、行く先を示す光となることを実感し、相談に来られる方々に寄り添う弁護士を支えられる事務局でありたい、と気持ちを新たにした人権セミナーでした。

宗像オフィス事務局S


~NPO法人九州アドボカシーセンターとは~
人権課題に取り組む弁護士を志す学生を支援するため、法科大学院発足と同時に設立されたNPO法人です。九州アドボカシーセンター主催の弁護士の魅力セミナーは、そのような弁護士、学生向けではありますが、一般向けにも興味深い話題のセミナーを定期的に開催しています。

昨今は、感染拡大防止の観点から、ZOOMでも参加できるようになりましたので、興味のあるセミナーを見つけたら、是非お気軽にご参加ください(参加費不要です)。

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リモートランチの試み

 先日のブログでも触れましたが、先月、当法人の全支店をオンラインで繋いだリモートランチを行いました。
 長引くコロナ禍で、法人全体では直接顔を合わせる機会がほとんどなくなりましたので、全弁護士と全事務局のコミュニケーション活性化を図るのが狙いです。
 始める前は、複数人をオンラインで繋ぐとなると、かえってコミュニケーションが取りづらいかな?話す人が限定されるかな?などいろいろと心配しましたが、それよりも久しぶりに全員と顔を見ながら交流する機会ができ、思いのほか楽しいランチとなりました。
 好評につき、定期的に続けていくことが決定しました!

弁護士 池永 真由美(本部オフィス、福岡市東区)

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最新解決事例のご紹介~消費者問題

 弁護士登録以来,消費者問題にも積極的に取り組んでおり,福岡県弁護士会の消費者委員会にも所属しているところですが,この度,同委員会所属の弁護士らで弁護団を結成し,ゴルフ練習場の経営者たちが,ホームページ作成やクレジット契約等を勧誘した会社の代表取締役・役員・勧誘した担当者,信販会社等を相手に,損害賠償請求等をした裁判について,一部支払を受ける内容で裁判上の和解をしましたので,ご紹介いたします。
なお、過去の解決事例については、当ホームページにも掲載しています。

<事例分野>消費者問題
<解決年度>2021年
被告会社は,ゴルフ練習場の経営者たちに,(1)無料でホームページを作り,そこに広告を貼らせてもらえれば広告料を支払うこと,(2)数百万円もの高額なソフトを購入する内容でクレジット契約を結ぶこと,(3)広告料の名目で,信販会社に毎月支払うクレジット料と同額を,継続的に支払うので一切負担はさせないことを宣伝,勧誘し,高額なクレジット契約を締結させていました。
被告会社は,福岡県を含め,全国で同様の勧誘を行っていましたが,現在は破産しているため,同様の宣伝や勧誘は行われていません。その後,被告会社からの広告料名目の支払が止まったため,ゴルフ練習場の経営者たちには数百万円のクレジット料を支払う義務だけが残りました。
弁護団としては,被告会社代表者らと信販会社に対し,この商法が破たん必至であることを認識し又は認識し得たのに,漫然と継続させて,ゴルフ練習場の経営者らに経済的負担をさせる一方で,クレジット会社から多額の資金を受けていたことを訴えました。その結果,福岡地方裁判所にて,損害の一部につき支払を受ける内容で,信販会社や被告会社の代表者と裁判上の和解をして,被害額の一部を回復することができました。

弁護士 髙本稔久(粕屋オフィス)

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いのちに優劣はない~旧優生保護法違憲国家賠償請求福岡訴訟から②

 本ブログ5/26付けにおいても、本件訴訟についてのご紹介をしていますが、本年8/2、福岡地方裁判所にて、旧優生保護法違憲国家賠償請求福岡訴訟の第5回期日が開かれました。
 当日の法廷において、原告としては100ページ超の準備書面(計5通)を提出し、原告弁護団から私と池永修弁護士を含めた3名の代理人が意見陳述を行いました。私は、このような大きな訴訟において意見陳述をすることは初めてで、朝から緊張と気合いが入り混じっておりました。

 今回の3名の意見陳述は、大きく3つのポイントに絞って行いました。
 1つは、最高裁判所大法廷の判決に依拠しながら、国会議員に国賠法上の責任があること。2つ目は、厚生省(当時)が旧優生保護法に基づいて推進してきた優生政策の実態や優生条項の全部が削除されてからの国の対応。3つ目は、精神障碍者に対する社会からの隔離・排除政策などの精神衛生法制が、旧優生保護法と車の両輪であること。
 これらのうち、私は2つ目について、実際に準備書面の作成に携わり、意見陳述を行いました。

 私は、準備書面の作成及び意見陳述にあたり、厚生省が推進してきた優生政策について調査を進めてきました。優生手術に関する資料の多くはすでに存在していないようですが、現在残存している資料の中でも、とても信じられない記載がなされているものが多くありました。
 例えば、それらの資料の中に、ある都道府県が、優生手術の実施件数が千件を突破したことに関する記念誌を作成、発行したことが記載されているものがありました。
 当時の時代背景としては、厚生省が、優生手術の実施件数が多い都道府県を成績の良い、実施件数の少ない都道府県を成績の悪い、と評価していたという事情があり、これを受けての記念誌の作成、発行であったものと考えられます。
 私は、上記のような資料をみて、言葉にできないほどの驚きを受けましたし、同時に怒りもこみ上げてきました。関係者の皆さんにはそれ以上のものがあったことと思います。
 次回裁判は、本年10/28(木)14時から福岡地方裁判所にて予定されております。裁判後には報告集会を行っております。
 コロナ禍ではありますが、ぜひ裁判を傍聴いただき、報告集会に足をお運びいたき、一人でも多くの方に、この裁判の意義を知っていただきたいと思っています。

弁護士 花田弘美(粕屋オフィス)

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『弁護士の魅力セミナー』に参加して

NPO法人九州アドボカシーセンターが定期的に開催している『弁護士の魅力セミナー』にZOOM参加しました。

今回は『韓国「慰安婦」判決 と主権免除を考える』というテーマで、関釜裁判で原告側の代理人となられた山本晴太弁護士と、長年にわたってその裁判の支援をされてきた花房俊雄さん、恵美子さんご夫妻より、「慰安婦」訴訟に対する日本の裁判所の判断や日本政府の対応、今年(2021年)示された韓国「慰安婦」訴訟の2判決についてのお話を聞かせていただきました。

関釜裁判とは、第二次世界大戦中に「従軍慰安婦」や「女子勤労挺身隊員」として強制的に働かされたとして、日本政府に公式の謝罪と総額5億6400万円の損害賠償を求めて、1992年に山口地裁下関支部に提訴された裁判で、原告は韓国人の女性10人です(下「関」支部に「釜」山の女性が訴えを起こした。)。山本弁護士はこの裁判の弁護団として、花房さんご夫妻は支援の会の中心メンバーとして活動されました。その後1998年に出た一審判決では「従軍慰安婦制度は、憲法に定める基本的人権の侵害である」「国は被害回復のための立法義務を怠った」として元従軍慰安婦3人に一人あたり30万円の慰謝料を支払うように命じました(公式謝罪と「女子勤労挺身隊員」への損害賠償の義務は否定)。当時、元従軍慰安婦の方たちが起こした裁判は関釜裁判を含め7件あり、その中で最も早く判決が出たということでも、その他の裁判へ与える影響などが注目されました。

花房さんご夫妻からは、関釜裁判の原告である女性たちの生い立ちや、慰安所に入れられてしまった経緯、その後の過酷な状況についてお話がありました。また、「慰安婦」とは別に「女子勤労挺身隊」という組織に入れられた当時小学校6年生くらいの少女たちの話もありました。終戦直後にアメリカ軍が撮影したという「女子勤労挺身隊」の写真を見せていただきましたが、まるで小学校での集合写真かのように写る幼い少女たちばかりでした。その少女たちが、食事もわずかしかもらえない空腹の苦しみの中、長時間危険な労働に動員させられていたと思うと胸が苦しくなりました。
また関釜裁判を通しては、苦しみをひた隠しにして生きてきた原告たちが、裁判が進むにつれ徐々に大きな声で笑ったり泣いたりできるようになり、自身を解放し自尊感情を高め、最終的には裁判の方針も自分たちで決めていくことができるようになったという経過を聞き、この裁判を起こすことにどれほどの勇気が必要で、さらにご苦労があっただろうかと思いました。

未だ解決しないこの問題について、ニュースなどでは取り上げられているところを何度も見たことがありますが、実際に行われている裁判という側面から、この問題についてあらためて考えることができました。

~NPO法人九州アドボカシーセンターとは~
人権課題に取り組む弁護士を志す学生を支援するため、法科大学院発足と同時に設立されたNPO法人です。九州アドボカシーセンター主催の弁護士の魅力セミナーは、そのような弁護士、学生向けではありますが、一般向けにも興味深い話題のセミナーを定期的に開催しています。
昨今は、感染拡大防止の観点から、ZOOMでも参加できるようになりましたので、興味のあるセミナーを見つけたら、是非お気軽にご参加ください(参加費不要です)。

本部オフィス(福岡市東区)事務局K

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傘の横持ちにご注意

梅雨の時期で、雨が降る日が多くなり、外出の際に傘を持ち歩く機会も多くなっているこの頃ですが、屋内で傘を持ち歩くときに横持ちをしないよう注意が呼びかけられています。

傘の横持ちとは、傘を折りたたんで持ち歩く際に、傘の柄(え)や傘本体の中心部分を握って、傘を地面と平行にして持つことを言います。

歩行するときに腕を振った際、横持ちしている傘の先端が、後方を歩行する他人に突き刺さることによって、他人にケガを負わせる危険性があります。特に、駅など人が込み入った場所や、階段を上り下りするときなど人と人との間隔が狭くなっている場面で、横持ちした傘の先端が他人に突き刺さるという事故が現実に発生しています。

傘の先端は固く尖っているので、それが突き刺さることで他人にケガを負わせた場合、民事責任や刑事責任を問われる可能性があります。すなわち、民事責任としては、ケガを負わせたことにより治療費や通院交通費、慰謝料などの損害が発生した場合、傘を横持ちしてケガを負わせた当事者は不法行為に基づく損害賠償責任を問われる可能性があります。傘の先端が突き刺さった部位によっては重大な後遺障害を残すこともあり、その場合後遺障害に関する慰謝料や逸失利益(後遺障害によって労働能力が減少して将来得られる収入が減少してしまうことに対する賠償)についても賠償しなければならないこともあり、賠償金額が多額にのぼる可能性もあります。

また、刑事責任としては、過失傷害罪に問われる可能性があります。過失傷害罪は、注意義務があったのにその義務を怠った結果、他人を傷害した場合に成立する犯罪です。傘の横持ちの場合に則して言うと、先端が尖っている傘を屋内で持ち歩く際には、その先端が他人に突き刺さらないようにして持つべき注意義務があったのに、他人に傘の先端が突き刺さる可能性の高い横持ちの方法で傘を持ったために、他人にケガを負わせたことで、過失傷害罪が成立する可能性があります。過失傷害罪の法定刑は、30万円以下の罰金又は科料と定められ、他の刑法犯に比べると量刑は軽いものですが、犯罪であることには変わりありません。

このように、傘の横持ちは、民事責任問題・刑事責任問題に発展しかねない危険な行為ですので、傘を持ち歩く際は地面と垂直にして持つようにご注意ください。

弁護士 北中 茂(宗像オフィス)

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控訴審第1回口頭弁論期日が開かれました(福島原発事故被害救済九州訴訟)

2021年6月24日に、福岡高等裁判所にて、第1回口頭弁論期日が開かれました。
くしくも第1審判決が言い渡されたのが、1年前の6月24日。原告、支援者、弁護団も1年前の判決を覆すべく、気持ちを新たに口頭弁論に臨みました。

口頭弁論では、原告団長金本さんのご子息暁さんが原発事故に翻弄された子供時代を語ってくださいました。また、生業訴訟の弁護団馬奈木厳太郎先生から全国での裁判の状況やこの九州訴訟の意味について弁論していただきました。

口頭弁論期日後の報告集会では、関西訴訟原告団長の森松さん、九州訴訟に原告として参加されることになった木村さんらから連帯メッセージをいただきました。

九州訴訟は、福島原発から最も離れた場所での訴訟です。九州で国の責任を認めさせること、被害実態に見合った賠償を勝ち取ることが、全国の避難者が真に救済されるために不可欠であることを再認識した口頭弁論期日になったと思います。

*報告集会の様子をyoutubeからご覧になれます。森松さんを取り上げたドキュメンタリーも上映しておりますので、
ぜひご覧ください!
YOUTUBEライブ配信QRコード
URL:https://youtu.be/55wTrzqsK-s

原告金本暁さんの意見陳述をご紹介いたします。

弁護士 坂口裕亮

【原告:金本暁さん意見陳述】

1.はじめに

私は宮城県に生まれ、生後3ヶ月のころから福島県いわき市で育ちました。福島第一原発事故の後に一家で福岡県久留米市に避難し、今は佐賀県鳥栖市で生活しながら福岡市内の大学に通っています。
今までの人生の半分程を過ごした福島は、私にとってかけがえのない故郷であり、そこでの思い出が今の私を支えています。

2.福島第一原発事故

2011年3月11日、東日本大震災に続き、福島第一原発で爆発事故が起こりました。私の住んでいた地域では幸い津波の被害はありませんでしたが、原発事故は当時中学一年生だった私にとっても「核爆弾」を連想させるような漠然とした恐怖を感じるものでした。父が言った、「せめて苦しまないで死ねるよう祈りなさい」という言葉は、今思い返すと、原発事故がその当時どれほど深刻で身近に迫りくる恐怖であったかを表していたと思います。

3.福島からの避難と避難生活

私の両親は、「福島に留まることはできない」という判断をしました。情報が錯綜する中、安全か危険かを確定できない不安定さと、何かあってからでは遅すぎるという切迫した危険を踏まえての決断でした。当時の私の「勝手な予定」では、一度様子見のために福島を離れて、状況が落ち着いたら一週間程で帰ってくる、というシナリオがこの時の「避難」のすべてでした。吹奏楽部の部員だったので、7月の吹奏楽大会に向けて曲を選び練習を始めるはずでした。進学したい高校もすでに決まっていました。同じ高校に行こうと友人や先輩と約束もしていました。これらの「勝手な予定」は、具体的で日常的で、必ず起こるはずだと信じることができる希望でした。

いくつかの場所を中継して、最終的な避難の目的地は福岡まで離れましたが、福岡への移動も、私の中では「予定」を実現させる前の一時的なものだという思いでした。しかし、両親はついに福岡に留まることを決心しました。今思えば両親の決断の背景を理解することはできますが、当時の私にとっては受け入れがたい衝撃以外の何ものでもありませんでした。両親の決断に、当時高校2年生だった兄は激しく反発し、一人でも福島に帰ると言いました。妹はその状況を見て、ただ泣いていました。私と私の兄弟は、それぞれ当たり前に思い描いていた日常を失いました。

転校先の久留米市の中学校では友達を作ることができませんでした。小学校から続けていた吹奏楽部にもとても入部する気になれませんでした。小学校からの仲間と、中学校での新しい仲間を突然、しかも不条理な理由で失った喪失感が大きすぎて、新しい場所で一からやり直す気持ちにはなれませんでした。久留米での学校生活は、家と学校を幾度となく往復するだけという無気力なものになってしまいました。自分が知らぬ間に失っていた当たり前の日常生活を普通に送っている人たちを見て、生意気ながら「この人たちと同じではない」という風に思い、やさぐれていました。

久留米市に避難してから約一年後、一度福島に帰る機会がありました。久しぶりに友達に会うことができて嬉しかった半面、福島の人々が何事もなかったように生活しているのを見て、正直少し混乱しました。原発事故の危険から逃れて福岡に避難したはずなのに、福島は到底「避難してきた場所」には見えませんでした。すでに安全でこれからも安全だ、と言う人もいれば、未だ危険で今後も不確実だ、という人もいました。福島に帰ることで、頭の中の認識と目の前の現実との矛盾をはっきりと自覚せざるをえず、自分は福島にいてはいけないのではないかとさえ思わされました。

私がかつて通っていた中学校の吹奏楽部は、私が避難した後、東北大会にまで駒を進めるほど活躍していました。「同じ高校に行こう」と約束していた友人や先輩は、約束通りの高校に入学しました。私は、高校入学と同時に佐賀県鳥栖市に引っ越し、吹奏楽部にも入部しましたが、半年も続きませんでした。仲間と環境を失ったダメージは想像以上に大きく、その穴を埋める努力はしましたが、避難から数年たった後でもそうすることはできませんでした。私には、日常を取り戻す手段も力もないことに気づきました。

4.避難者たちとの出会い

大学を卒業し、大学院に入学する頃から、私が経験した原発事故による避難や、原発そのものについて深く考えるようになりました。震災当時の出来事や避難について思い返すことは、しばしば苦痛を伴う作業でしたが、過去の経験を振り返り、発信していく中で、私と同様に福島から避難した方々と出会うことができました。国内で避難した方、国外に移住した方、様々な理由で避難を決意し、私が経験しなかった被害を経験した方の話を聞く時、原発事故の被害の大きさと幅の広さを思い知らされます。心身に不調をきたし、家族や友人との関係が元に戻せないほど悪化し、住み慣れた故郷を不本意な形で手放さざるを得なかった方々の話は、同じ避難を経験した私ですら知らないことが多いのです。

しかし、私たち避難者に共通している事実もあります。私たち避難者が経験した様々な被害は、私たち自身が望んで受け入れたことではないということです。私たちの被害に対する責任、もしくは原因の所在が、原発そのものや、それを運営・促進していた電力会社と国にあるという事実が認められない現実に、悩み苦しむ人が未だに存在します。もし、私たち一家の避難が無意味だったというのであれば、私が吹奏楽部で活躍できなかったことも、憧れていた高校に入れなかったことも、気心知れた友人たちと青春を謳歌できなかったことも、それは私たち自身が、或いは避難を決断した私の両親が悪かったのだと宣告されているのと同義です。

5.おわりに

間違いなく、原発事故が無ければ、私たちは避難していませんでした。当たり前の日常を失ったり、将来の夢を壊されたりはしなかったはずです。通いなれた学校で友人と笑ったり、目標のため勉学に励んだりして平穏に生活していたはずです。月日が経てば、大学入学や就職のために、自分の意志によって、福島に留まるか、福島を出るか、という自由な選択の機会があったはずです。原発事故が無ければ、私たちは何の被害も受けなかったはずです。

しかし、原発事故が起きたことと、その被害者が存在することは偽ることのできない事実であり、変えることのできない現実です。この問題を解決するための第一歩として、まずは責任の所在を明確にすることが必要です。
裁判官の皆さん。国や東京電力の代理人の皆さん。私たちに「お前が悪かったのだ」と言わないでください。避難という苦渋の判断をしたことと、それによって受けた被害の責任が避難者自身には無いという宣言を聞くだけで、それだけで私たちの心は救われるはずです。

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いのちに優劣はない~旧優生保護法違憲国家賠償請求福岡訴訟から

皆さんは、優生保護法下での強制不妊手術をご存じでしょうか。
人為的に優秀な子孫を産む方法で国家・民族を発展させるという思想である優生思想が、命に優劣をつけ選別をしてしまうような方向に進んだ結果、戦時中の1940年、遺伝性とみなされた障害者、病者に強制不妊手術を認める「国民優生法」が成立しました。
戦後の1948年、「優生保護法」への法改正後にも強制不妊手術の規定が引き継がれて、1996年、母体保護法への改正時に強制不妊手術の規定が削除されるまでの間、知的障害や遺伝性の疾患を有する方に不妊手術を強いることが認められていました。
本来、権利や自由を守るための法律が、差別を生み出して、助長し、遺伝性の障害を持つ方は劣等であるという不当な烙印を押し続けていたということです。
なお、この1996年は、ハンセン病患者への長きにわたる強制隔離政策を続ける根拠となった「らい予防法」がようやく廃止された年であり、その後の提訴、勝訴判決につながっています。

旧優生保護法違憲国家賠償請求訴訟は、この優生保護法下での強制不妊手術等の被害について、仙台、東京、兵庫など全国各地で提起されている裁判で、福岡でも、2019年12月24日に提起されました。
当法人からも池永修弁護士と私が弁護団に参加し、原告、支援者の皆さんと一緒に闘っています。
福岡訴訟では、不妊手術を強いられた聴覚障害のある男性と、妻の女性が原告となり、これまでに3回の裁判期日が開かれています。裁判では、強制不妊手術の是非、優生思想による差別について追及しています。
本年5月は、優生保護法と同様に、国の法律によって、ハンセン病患者が強制的に隔離されていた政策が憲法に反すると断じた2001年5月の熊本地裁判決から20年です。
今こそ、優生保護法の問題をはじめ、様々な被害、根付いた差別や偏見、障害者の方々を取り巻く生活環境について、社会全体、お一人おひとりが知ってゆくことが問われているのではないでしょうか。
次回裁判は、本年8/2(木)14時から福岡地方裁判所にて予定されており、裁判後には報告集会も行っております。ぜひ、ご参加いただき、一人でも多くの方が、この裁判の意義を知っていただけますと幸いです。

コロナ禍において、本来公開裁判であるはずの法廷に出向けない、傍聴が出来ないなどの状況でもありますが、「いのちに優劣はない」というスローガンを掲げ法廷外での支援活動も行われておりますので、皆様の多様なご支援をよろしくお願いいたします。

弁護士 花田弘美(粕屋オフィス)

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