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日々の雑感

読書の秋

イベント観戦のため毎年秋に三重県へと出かけていくのが、私の一番の楽しみですが、コロナ禍で去年に続き今年も中止となりました。
もとより有観客で開催されていたとしても、遠方まで出かけていなかった気はしますが、やはりイベント自体が中止になったことは残念です。緊急事態宣言も解除されたことですし、なにより1年半以上、実家への帰省なども控えてじっとしていたので、気分転換をしようと思い立ち、休暇をとって、市内のホテルでのんびり過ごすことにしました。

ホテルでは、ロビーを囲むように巨大な本棚が設置され、自由に本を手に取ることができるようになっていたので、コーヒーを飲みながら読書に耽りました。
凝った装丁の本が多く取り揃えられていて、何を読もうかと本棚の前に立つだけでワクワクしてきますし、最近は書店や図書館から足が遠のき、電子書籍を利用することが多かったので、久々に本の手触りを楽しむことができました。
平日利用で宿泊費も割安になっており、いい休暇がとれました。

最近はコロナの新規感染者数もぐっと減ってきましたし、誰もが安心して気兼ねなく旅行や帰省ができるよう、このまま推移していくことを願うばかりです。

本部オフィス(福岡市東区)事務局S

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朝食は部屋に届けてもらえる形式でした

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秋バテ

 朝晩の冷え込みに驚いています。秋を通り越して冬が来てしまいそうです。
 10月半ばまではクーラーをつけるほど暑かったはずが…この気温差です。このまま冬に突入してしまうのかはまだわかりませんが、寒がりの私は慌てて羽毛布団を引っ張り出し、強制的に衣替えとなりました。これから寒暖差の大きな季節になっていきますが、急激な気温の変化は体調を崩しやすいので気をつけなければならないなと思います。
 こういった気温の変化等による身体の不調は自律神経の乱れによるもので、「秋バテ」とも言われているそうです。だるい、疲れやすい、頭痛、肩こり、食欲不振など様々な症状があるようですが、秋バテ対策としては、適切な服装によって温度差を管理する、バランスの良い食事・良質な睡眠を取る、適度な運動をすることが良いとのこと(秋バテに関わらず大事な生活習慣ですね…)。
 秋バテしないように冬に向けてしっかりと体調を整えていきたいと思っています。

 今年も残すところ数か月となりました。本部オフィスでは夏場にエアコンが故障するという非常事態が発生したものの、無事に秋を迎え、現在は空調も問題なく、通常通りご相談をお受けしています。初回の法律相談は無料となっておりますので、お気軽にご相談ください。

▼相談のご予約は以下までお電話ください。ホームページでも相談の申し込みを受け付けております。
【相談予約受付電話 092-642-8525 受付時間 平日9時~17時半】


本部オフィス(福岡市東区)事務局W

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新しい車

先日、平成19年式、約12万キロを走った愛車を手放し、同じ車名で平成29年式の中古車を購入しました。前と同じ車だから性能はさほど変わらないだろうと思っていたのですが、10年の間に様々な機能が加わっており、驚きました。

例えば、エンジンをかけると「携帯電話に接続できません。携帯電話を忘れていませんか?」というアナウンスが流れます。うっかり忘れてしまうことがある私には大変ありがたい機能です。他にも、走行中に車線からはみ出したり前の車に近づきすぎたりすると「ピーピー」音でお知らせしてくれ、そういえば家族を助手席に乗せて走ると「左に寄りすぎ」と言われることがあるのを思い出し、「あぁ本当だ…」とあらためて反省もしました。

「すごいな、どういう仕組みでこうなっているんだろう」と感心する一方で、これから自動運転などの技術がますます発達し、映画で見たような未来の車が走る日もそう遠くはないのかもしれないと想像しました。そしてさらに「その時の交通ルールはどうなっているのだろう?」「万が一事故が起きた時の対応はどうなるのだろう?」等々、私には到底考えが及ばないのですが、着実にその未来は近づいてきているのだなぁと実感しました。

本部オフィス(福岡市東区)事務局K

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リモートランチの試み

 先日のブログでも触れましたが、先月、当法人の全支店をオンラインで繋いだリモートランチを行いました。
 長引くコロナ禍で、法人全体では直接顔を合わせる機会がほとんどなくなりましたので、全弁護士と全事務局のコミュニケーション活性化を図るのが狙いです。
 始める前は、複数人をオンラインで繋ぐとなると、かえってコミュニケーションが取りづらいかな?話す人が限定されるかな?などいろいろと心配しましたが、それよりも久しぶりに全員と顔を見ながら交流する機会ができ、思いのほか楽しいランチとなりました。
 好評につき、定期的に続けていくことが決定しました!

弁護士 池永 真由美(本部オフィス、福岡市東区)

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外出せずにできる趣味について

 コロナ禍でなかなか外出できない今、ベランダでできる家庭菜園が日々の癒しになっています。5月から夏野菜(トマト・ナス)を育てているのですが、7月中旬よりトマトが枝の真ん中から枯れてきてしまいました。肥料や水やりは園芸のマニュアル本を買ってその通りにしていたので、原因が思い当たらず困っていたのですが、枯れている位置から原因を特定することができました。どうやらエアコンの室外機から出る温風がトマトに直接当たっていたことが悪かったようです。特に今年は家にいることが多かったので、影響が大きかったようです。
 日当たりとエアコンの使用の折り合いをつけるため、晴れの日は早く起きて、朝の涼しい時間帯は植物を日光に当てるようにしました。また、日中や夜にエアコンをつける際は植物を室内に入れるようにしました。休日はそのまま開店直後のスーパーまで歩いて買い物に行くようにしたので、密を避けながら気分転換と買い出しができ、とても良い習慣になりました。
 トマトは逞しく、現在は根元の方から新しく芽を出しているのでこちらを大切に育てていきたいと思います。外出の難しい今の状況でもできるこの趣味を続けながら、心身ともにリフレッシュして、仕事に励みたいと思います。

本部オフィス(福岡市東区)事務局I

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みんなと顔を合わせること

 先日、「刑事事件」をテーマに事務職員研修を行いました。
 本部オフィスの甫守弁護士を講師に、刑事事件の法律的なことから事務局が関わる実務的なことまで、刑事弁護の流れに沿って勉強しました。弁護士の弁護活動とその場面における事務局の注意点等、パワーポイントを使用したわかりやすい講義内容で、特に若手の事務職員にとっては基本的な流れを再確認する良い機会になったのではないかと思います。
 今回もWEB併用の研修でしたが、このリモート研修も定着しつつあります。普段の業務では職員間でもメールや電話でのやり取りばかりで、中身も業務に関わることだけに済ませがちです。集まることが出来ない今はこうやって画面越しでも顔を合わせて話をすることは大事だなぁと感じます。みんなの表情を見て「元気にしているかな?」と思ったりしています。
 リモートと言えば…法人では「リモートランチミーティング」というものを始めました。数カ月に1回程度、全職員をリモートでつないでランチをしながら、たわいもないおしゃべりをするというものです。こちらもなかなか好評でしたので、次回このブログのどこかでご紹介できればと思っています。

本部オフィス事務局W
 

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原爆の火と熱の下で ~少女たちの被爆体験記2~


前回に引き続き、原子力のあり方、原爆の悲惨さ、平和の大切さについて考える機会となることを願い、学校法人純心女子学園及び著者の奥様であり著作権継承者の竹中誠子様にもご了解をいただき、被爆した同校の生徒らが当時遺した被爆体験記『新版 焼身/著者 高木俊朗』を、一部内容を抜粋してご紹介します。
                                        
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四年生の山下ツルは、工場のなかで、ピカーッと光った瞬間に、気を失って倒れた。気がつくとあたりが騒がしかった。級友が二、三人、ツルのまわりにいた。
「まあツルさんも生きている。いっしょにいかんね」ツルは起きようとしたが、からだが動かなかった。ツルは大きな梁の下になっていた。目のなかに血が流れこんで、見えにくかった。級友たちが梁を動かして、すきまを作り、ツルを引っ張りだした。ツルは立ち上がろうとしたが、腰から下がギリギリと痛んで動けなかった。
「ツルさん、立ちきるね。歩ききるね」「もう、うちは死んでもよかけん、あんたたち、早う逃げてくれんね」ツルは、もう、しかたがないとあきらめた。
「どうして、あんたばかり残して逃げていかれるもんね」級友はツルをかついで逃げたが、浦上川の岸まで出ると、力がつきた。級友たちも、服はちぎれ、どこかに負傷していた。ツルも苦しかった。ツルは、目の上が裂けて、押えても、血がとまらなかった。
「はよう、みんな、先に逃げて」級友たちは、ツルをかつぐ力はなかったので、先に行くことにした。級友もツルも、血と泥で汚れた顔に、いっぱいに涙を流した。
「ツルさん、がんばってね」
「みんなも気をつけて」ひとりになったツルは、もう、自分はここで死んでしまうのだと思った。ふと近くで、苦しそうな声がした。赤く、てらてらと光っている服を着ている人だと思って、よく見ると、皮膚のむけた人間の胴体であった。何も着ていない裸の男だった。ツルは、からだがふるえた。逃げよう としたが腰から下は、やはり動かなかった。見まわすと、工場の崩れた建物の上を、炎が渦まいているのが、夜の火事のように、あかあかと見えた。ツルは思わず、声をあげた。
「助けて、助けて」近くを通りかかる人にたのもうとして、一目見ただけで、ツルは悲鳴をあげた。煙と土ぼこりがいりまじって、渦をまいて吹き流れているなかに見えてくる、火ぶくれのような顔には、眉毛がなかった。別の人は、裸の胴体に幾すじにもなって血が流れていた。多くの人は、海草をぶらさげているように、ちぎれた服のぼろぎれを身につけていた。みんなが、長崎の港のある方角から、北の山の方に向かっていた。ツルは、何か大変なことがおこった、と思った。

ツルは、浦上川の岸まで逃げてきて動けなくなった。目の前の、崩れた工場の建物は炎に包まれていた。ツルは通りかかった男に助けを求めたが、男はそのまま行ってしまった。ツルルは恐ろしさと悲しさに、声をあげて泣いていた。
しばらくすると、肩をゆすられたので、ツルが顔をあげると、今しがた通りすぎて行ってしまった男が、
「しっかりするんだ」と、しゃがんで背中を向けた。ツルはうれしかった。ツルは背負われながら、「おじさん、ありがとうございます。ありがとうございます」と、礼をのべ、また、涙を流した。ツルが男の背中の上から見ると、火の手は、あたり一面にひろがっていた。もう少し、そこにいたら、火に焼かれるところであった。男も、ツルを背負ったまま、逃げ道に迷っていた。道路は、崩れた建物で埋められ、それが燃え上がっていた。
男は歩きだすと、浦上川のなかにはいり、ざぶざぶと渡った。向こう岸にあがると、田になっていて、道はなかった。男は、稲ののびた田のなかを、足をとられながら、横切って行った。ツルは、すまないと思って、「おじさんのお名前と、おところを教えてください。私が元気になったら、きっと、おたずねしますから」
その人は「よか、よか」というだけで、教えなかった。ツルは、それでも、くり返してたのんだ。その人は、怒ってでもいるように、だまったまま、歩いていた。ツルのからだが重いので、時どき休んでは歩いた。浦上は、どこを見ても、一軒残らず、家がたたきつぶされて、散らばり、かさなり合っていた。そこら中に火事がおこっていた。ツルは浦上の、小高い丘の方をさがした。見おぼえのある、塔と、屋根飾りと、壁などが、ひとつまみだけ、かけらのようになって立っていた。それが、浦上の天主堂だった。

ようやく、国鉄の線路に出ると、救援の列車が出るところであった。
ツルを背負った男は、負傷者をかきわけながら、「学徒隊の生徒だ。乗せてやってくれ」と叫んで、前に出て、ツルを乗降口に降した。別れるときに、その人はいった。
「私の名前なんか、あるもんね。それよりは、あんたがはよう元気になんなさい。それが一番のお礼だから」
ツルは列車のなかで、苦痛にたえながら、その人の服を、自分の血で汚してしまったことが、 いつまでも気になってならなかった。
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出典:『新版焼身 長崎の原爆・純女学徒隊の殉難』著者 高木俊朗 角川文庫

今年も76年目の8月9日を、日本は平和のうちに迎えることができました。
しかし、被爆した生徒らが遺した体験は、世界では薄れつつある記憶となっており、核に関し胸が痛む出来事もまだまだ山積しています。この記憶を絶やさず、先人たちが守り続けてきた平和を、日本だけではなく世界共通のものとできるよう、この事実を伝え続け、先人たちの思いを繋いでいくことが現代に生きるわたしたちの使命と思い、この本をご紹介させていただきました。

本ブログを掲載するにあたり、ご協力戴きました被爆校の学校法人純心女子学園、出版社の株式会社KADOKAWA及び著者の奥様であり、著作権継承者の竹中誠子様には心よりお礼申し上げますとともに、殉難された純女学徒隊及び教職員の方々のご冥福をお祈り申し上げます。

本部オフィス事務局S

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原爆の火と熱の下で ~少女たちの被爆体験記~


8月9日、この日は長崎市の平和公園で、毎年、長崎平和祈念式典が執り行われます。
そしてこの祈念式典では、被爆校である純心女子高等学校の生徒らが『千羽鶴』という祈念合唱曲を犠牲者に捧げます。同校は爆心地から約1.6kmのところに位置し、原爆投下により、207名の生徒と7名の教職員の尊い命を奪われ、校舎は全焼しました。
このような恐ろしい核兵器として利用された原子力は、あれから76年経った今、世界でも、この日本でも、まだまだ利用されています。

今回は、76年前に長崎で起こった事実を、少しでも多くの方に知っていただき、原子力のありかた、原爆の悲惨さ、平和とは何かを考える機会になればと思い、終戦記念日の今日、同校及び著者の奥様であり、著作権継承者の竹中誠子様にもご了解をいただいたうえで、当時の生徒らが遺した被爆体験記『新版 焼身/著者 高木俊朗』を一部内容を抜粋してご紹介します。

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昭和二十年八月九日。
この日も、朝は霧が深かった。午前七時ごろ、日ざしが強くなるにつれて、浦上川から港の岸にかけて残っていた霧が次第に晴れ、市街や工場がはっきりとその形をあらわしてきた。静かで、さわやかな朝であった。だが、すぐに暑くなった。長崎海洋気象台の記録によると、日中の風は 東南から西南に変わり、気温は午前十一時には二十九度八分にのぼった。典型的な真夏の一日となった。

寄宿生たちは二列縦隊を作って、大橋町の三菱長崎造船所第三部品工場に向かった。学校から 三百メートルの距離であった。工場の正門をはいるときには、号令をかけた。
「歩調とれ」生徒たちは緊張して歩調をとって、なかにはいった。それから、いつものように、生徒たちは受持ちの分工場へ行って仕事をはじめた。
ひとりだけ、持場に行けない生徒がいた。専攻科の池田輝子で、腹痛におそわれていた。深堀修道女が哀れに思って、「早引きしてよろしいから、帰って休みなさい」と、いたわった。池田輝子は、成績はよくなかったが、すなおで、責任感が強かった。深堀修道女がすすめても、帰らなかった。
「みんなが働いていますから」池田輝子は、腹痛をこらえて、自分の持場に歩いて行った。

四年生の深堀静香は、機械の調節をしていた。手伝ってくれた二年生の山下八重に、たずねた。
「いま、何時ね」
山下は腕時計を見て、答えた。
「十一時十五分前」
「ああ、おなかがすいたね。きょうは綾子先生 (深堀修道女)に、梅ぼしば、たくさんもらったけん、あげるね。」
山下八重はうれしそうにニコニコして「うん」と大きくうなずいた。

深堀静香が機械の調節を終わって、運転しようとしたとき、突然、ピカーッと電気のような光がひらめいて、目がくらんだ。同時に、ものすごい音がひびいた。深堀静香は、隣の鋳物工場が、また爆発したと思った。急いで裏口に逃げようとすると、いろんな物が飛んできて、からだにぶつかった。深堀静香は床に身を伏せた。ばらばらと何かが落ちてくる。
「あいたァ」目をあけると、まばゆい電光のような光がいっぱいになっていて、何も見えない。あわてて、機械の下に頭をつっこんだ。激しい物音と、すさまじい振動がつづいている。重い物が、からだの上にどかどかと落ちた。近いところで、「かあちゃーん、かあちゃーん」 と、叫ぶ声がしたが、それが遠くなったと思ううちに、気を失った。

次回に続く―――――

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朝日を浴びながら海へ

 コロナ禍2回目の夏がやってきました。もともと出不精な人間なもので、不要不急の外出自粛が要請されていることとは関係なしにステイホームを楽しんでいますが、クーラーの効いた部屋に一日中いるのは健康的ではないよな…と思い、先日近くの海まで散歩に行きました。(写真は日の出から1時間後くらいに撮影したものです。)
 夏の朝早い時間にセミの声を聞きながら歩いていると、夏休みにラジオ体操に行っていた小学生のころを思い出しました。親に起こされて嫌々行っていたなと懐かしくなりました。
 コロナ禍になって、旅行はおろか帰省もできていませんので、親孝行のためにも帰省できたらとは思いますが、今年も難しそうだなと感じています。会えない代わりに、お中元でも贈ろうかと計画中です。

本部オフィス(福岡市東区)事務局K

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『弁護士の魅力セミナー』に参加して

NPO法人九州アドボカシーセンターが定期的に開催している『弁護士の魅力セミナー』にZOOM参加しました。

今回は『韓国「慰安婦」判決 と主権免除を考える』というテーマで、関釜裁判で原告側の代理人となられた山本晴太弁護士と、長年にわたってその裁判の支援をされてきた花房俊雄さん、恵美子さんご夫妻より、「慰安婦」訴訟に対する日本の裁判所の判断や日本政府の対応、今年(2021年)示された韓国「慰安婦」訴訟の2判決についてのお話を聞かせていただきました。

関釜裁判とは、第二次世界大戦中に「従軍慰安婦」や「女子勤労挺身隊員」として強制的に働かされたとして、日本政府に公式の謝罪と総額5億6400万円の損害賠償を求めて、1992年に山口地裁下関支部に提訴された裁判で、原告は韓国人の女性10人です(下「関」支部に「釜」山の女性が訴えを起こした。)。山本弁護士はこの裁判の弁護団として、花房さんご夫妻は支援の会の中心メンバーとして活動されました。その後1998年に出た一審判決では「従軍慰安婦制度は、憲法に定める基本的人権の侵害である」「国は被害回復のための立法義務を怠った」として元従軍慰安婦3人に一人あたり30万円の慰謝料を支払うように命じました(公式謝罪と「女子勤労挺身隊員」への損害賠償の義務は否定)。当時、元従軍慰安婦の方たちが起こした裁判は関釜裁判を含め7件あり、その中で最も早く判決が出たということでも、その他の裁判へ与える影響などが注目されました。

花房さんご夫妻からは、関釜裁判の原告である女性たちの生い立ちや、慰安所に入れられてしまった経緯、その後の過酷な状況についてお話がありました。また、「慰安婦」とは別に「女子勤労挺身隊」という組織に入れられた当時小学校6年生くらいの少女たちの話もありました。終戦直後にアメリカ軍が撮影したという「女子勤労挺身隊」の写真を見せていただきましたが、まるで小学校での集合写真かのように写る幼い少女たちばかりでした。その少女たちが、食事もわずかしかもらえない空腹の苦しみの中、長時間危険な労働に動員させられていたと思うと胸が苦しくなりました。
また関釜裁判を通しては、苦しみをひた隠しにして生きてきた原告たちが、裁判が進むにつれ徐々に大きな声で笑ったり泣いたりできるようになり、自身を解放し自尊感情を高め、最終的には裁判の方針も自分たちで決めていくことができるようになったという経過を聞き、この裁判を起こすことにどれほどの勇気が必要で、さらにご苦労があっただろうかと思いました。

未だ解決しないこの問題について、ニュースなどでは取り上げられているところを何度も見たことがありますが、実際に行われている裁判という側面から、この問題についてあらためて考えることができました。

~NPO法人九州アドボカシーセンターとは~
人権課題に取り組む弁護士を志す学生を支援するため、法科大学院発足と同時に設立されたNPO法人です。九州アドボカシーセンター主催の弁護士の魅力セミナーは、そのような弁護士、学生向けではありますが、一般向けにも興味深い話題のセミナーを定期的に開催しています。
昨今は、感染拡大防止の観点から、ZOOMでも参加できるようになりましたので、興味のあるセミナーを見つけたら、是非お気軽にご参加ください(参加費不要です)。

本部オフィス(福岡市東区)事務局K

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